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第7回

 連載 海から陸を眺めれば −森里海連環学事始め− 上野 正博

第5回  エコラベル漁業管理認証
2006年 5月 第61号

◎エコラベル漁業管理認証

 5月の初め、1週間にわたって私は舞鶴の魚市場の隣にある京都府漁業協同組合連合会の会議室に毎日出勤していました。京都の底曳き網漁業に携わる漁師さんたちの団体、京都府機船底曳網漁業連合会(京底連)が、国際的なエコラベル漁業管理認証に挑戦。認証の日本側事務局を務める会社の担当者が私の教え子なんで、その審査員の一人に駆り出された次第。

 審査委員長格が、私が大学院時代に助手をしておられてお世話になったK先生。ちなみに亡き原事務局さんはK先生が京大におられたときの最後の弟子。もう一人の審査員は、K先生が東京水産大学に移られてからの教え子で、京大の大学院に進学して漁業経済が専門のAさん。なんか京大関係者ばっかでこそこそっとやっているみたいですが、地元の事なので、現場をよく知っている人間を集めればこうなるのもいたしかたがないかも。

◎MSC認証

 さて、この認証は国際的な非政府組織(NGO)である海洋管理協議会(MSC)が、環境保全に配慮し、資源を減らさない持続可能な漁業に取り組む漁業団体に与える「MSC認証」。世界的な自然保護団体である世界自然保護基金(WWF)が、自然に過度の負担をかけない農林水産業の普及を目指し、全面的にバックアップして立ち上げた認証制度のひとつです。
先行して立ち上げられた森林管理認証(FSC)は、すでに日本でも20以上の会社や自治体が認証を受けています。広島でもAビール会社が受けていますね…。なんで、ビール会社が林業をやってるんだ…って疑問は、まぁ置いておきましょう。
漁業管理認証の方は、オーストラリア、イギリスなどで15の団体が認証されていますが、アジアでは京底連が初の挑戦。もし、認証が受けられればアジアの漁業団体では初めての快挙ってことになります。
 
◎自然に優しい底曳き網って?

 底曳き網というと大きな網で海底に暮らす生物を根こそぎ獲って行く乱暴な漁業というイメージを持つ方が多いかもしれませんね。確かに、ベーリング海で操業されている500トンを超える大きな船で大きな網を曳くトロールが環境に与える影響はかなり強烈。現地に詳しい方に伺った話では、各国の船が集まる好漁場はどこもかしこもローラーで整地した運動場のように真っ平らになっているのだそうです。網口を海底に接地させておくために、網口の下縁にドッジボールよりも大きな鉄の球をずらりと取りつけた網を引き倒すのですから無理もありません。
でも、底曳き網と総称される漁法にはいろんな種類があり、京都府をはじめ、日本海で操業されている掛回し式の底曳き網は海底の生態系に与える影響が比較的優しい漁業なのです。
 
 
 掛回し式底曳き網の操業を少し紹介しましょう。
目指す漁場に着いた船はまず標識灯がついたブイを投下します。このブイに取り付けられたロープを約500mくらい繰り出しながら航走、ここで、ロープに取り付けられた錘を投下し直角に変針(船首の向きを変える)。取りあえずここでは右に直角に変針したことにしましょう。で、また、ロープを約500mくらい繰り出しながら航走してから、今度は網の本体を投入します。そしてまた右に直角に変針してロープを約500mくらい繰り出しながら航走し、錘を投入して右に直角に変針。船首方向遥かには最初に投入したブイが見えているはずですね。それを目指してロープを繰り出しながら航走し、ブイを拾い上げれば網のセットが完了です。

 二本のロープを固定した船はゆっくりと網とは正反対の方向に前進を開始。曳網の始まりです。およそ半時間引っ張って2本のロープが平行になると、前進を続けながらロープを巻き上げ、およそ1〜2時間で1回の曳網が終了します。
拙い説明でお分かり頂けたか心配ですが、北洋トロールと掛回し底曳では漁獲のメカニズムがまったく違うのです。トロールの漁獲の主役は網口の下縁に付けられたたくさんの錘。この下縁で海底に暮らす生物を半ば掘り上げるようにして網の中に取り込みます。海底の地形を変えるくらいの曳網なので、海底に暮らす漁獲対象にならないいろんな生物に与える影響も強烈です。
 
 
 これに対して、掛回しの漁獲の主役は網と錘をつなぐ二本のロープ。
曳き始めにほぼ直角だった二本のロープが、平行になって巻き上げ始めるまでに海底を這って砂煙と振動で海底の生物を網の方に追い込むのです。
カニやカレイが「なんやこんなモン」とひょいとロープを跨げばそれまで。網はロープが集めた生物を拾い集めるだけなので、小さくて軽い網で充分に役立つわけです。
船もほとんどが15トン級なので、力任せの無茶な操業はやりたくてもできません。逆にいえば、小さい船でも出来る底曳きとして開発された漁法なのです。

 さらに、日本海の底曳き網の団体は国の規制よりも遥かに厳しい自己規制をしていて、禁漁期や禁漁区を決めています。
その中でも京都府は全国に先駆けて、底曳き網の操業ができないズワイガニ保護区を設けたり、カレイを狙う網に禁漁期のズワイガニが入っても網目を抜け出すことができる改良網を全ての船が採用していたりと、資源を増やしながら漁業を行う取り組みが盛んです。まぁ認証されるのは間違いないでしょう。
 

◎エコラベル認証ってなんの役に立つのでしょう


 ところで、この認証って本当に自然保護のために役立つのでしょうか。実は一年以上も前に京底連が認証に挑戦するって聞いた時から、それが私にはよく分からないのです。「乱獲にならないように適切な資源管理をし、かつ、他の生物や環境に大きな影響を与えない漁業を認証する」で、そのために漁業者が担う余分な負担は、「生産物にエコラベルを貼ることを認める事で市場価値を高めて補填する」という理屈なのですが、日本の場合こういう仕組みがうまく働くだろうかと思ってしまうのです。

 欧米では大手スーパーなどでMSC認証ラベルの付いた魚介類はワンランク上の商品として扱われ、中には認証ラベルのない魚介類は扱わない店もあるそうです。当然、価格も高く認証を受けた漁業団体にも利益が還元されます。でも、日本に比べると個人あたりの消費量の桁が違います。あちらでは魚介類は嗜好品・贅沢品の類って人が多いので、自然に優しいならと多少の価格上昇は許されるでしょう。

 でも、日本人にとっては日々のお惣菜、品質に違いのない商品に余分なお金を支払う事はかなり無理そうな気がします。それに、日本の沿岸漁業は殆どが浦(漁村)単位に組織された漁業協同組合が担っています。つまり、漁業団体と集落共同体がほとんど同じなので、乱獲すればたちまち村の暮らしが破綻します。漁協の統合が進んでいるとは言っても、この伝統は生きているので厳しい漁業管理が可能ですし、実践している所が多いのです、認証などわざわざ受けなくてもちゃんとやっている中で、うちは認証を受けていますよとアピールすることにどれだけの効果があるのか。審査をしながらも、これが役に立つのかって疑問がぬぐえませんでした。

 
 でも、かって40隻くらいだった京底連も現在はわずか15隻。「きつい・汚い・危険」を絵に描いたような三K職場で、収入もたかが知れているときては後継者もほとんど育ちません。漁を消滅させないために出来る事は何でもしてみようと認証に挑戦した気持ちはよく分かります。

 問題はそれをどう活かすかですが、そこがねぇ。ちょっと趣旨は違いますが、工業製品やサービスの品質を保証するISO9001認証は製品の大口購入先である欧米の企業が認証を必須条件としたことで一気に普及しました。でも、まさか京底連が獲ったカニやカレイを欧米に輸出することはないでしょう。国内で売る方が遥かに価格が高いのですから。

 それにしても、細かい英語の活字で30ページもある審査基準に対して、京底連が容易した準備書面は高さ30センチ。両方を読み比べて100近い審査基準の一つ一つを採点するのは結構大変でした。草臥れてくると、それまでは流ちょうに英語で説明していた審査員が突然日本語で説明を始めたり、私みたいに通訳のお世話になってたのが英語を口走り始めたり…。
 
 
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