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第7回

 連載 海から陸を眺めれば −森里海連環学事始め− 上野 正博

第4回  行ったり来たり
2006年 4月 第60号

◎行ったり来たり

 桃の花が満開の頃に始まった丹後の春の風物詩「イサザ漁」も、八重桜が満開になり終わりを告げました。イサザの本名はシロウオ、ハゼの仲間ですがシラスのように半透明のまま大人になり、海から川へと遡って産卵し一生を終えます。普通の魚は半透明の頼りなげな姿で生まれ、生長とともに色素が増えウロコができて一人前の姿になるのですが、シロウオは生まれたままに近い形で大人になるので幼形成熟と呼ばれます。人間も動物にしては体毛が少なく頭でっかちで子供の特徴を残していますね。そこで、実は、人類は類人猿の幼形成熟ではないかって説もあります。

 イサザはイササザコが縮まったのだそうで、漢字で書くと「些雑魚」取るに足りない小魚って意味のようです。学名のイサザは琵琶湖産のハゼ科の小魚、霞ヶ浦特産は佃煮にされるイサザアミ(小エビに似た生物)、博多名産のシラウオは実はシロウオ。おまけに、昔はチリメンジャコをイサザと呼んでいたこともあるので、イサザ、シロウオ、シラウオの話はちゃんと聞かないと何を差しているのか見当もつきません。

 さて、イサザ漁も終わりに近づくと遡上を始めた鮎の若魚がちらほら混じるようになってきます。来月の解禁を前に胸躍らせながら、道具の手入れを始めたアユ釣り師さんも多いことでしょう。アユの釣り場に近い我が家の周りでは、この時期になると普段ボーッとしていたオッサンたちが道具を干したり川を下見に行ったりと、少年のような顔つきに変わります。

 
◎浸透圧調整って大変

 ところで、アユにせよイサザにせよなぜ海と川を行ったり来たりするのでしょうか。これって実は結構大変なことなのです。淡水で暮らす魚は体液が周囲の水より濃いために、体内に水分が侵入してきて水膨れになってしまいます。そこで、体の表面を粘液で覆って水分の浸入を防ぎます。ウナギはもちろん、その他の川魚でも捕まえると手にぬるっと粘液がつくのはこのためです。それでも、鰓や心臓は直接真水に触れますから、どうしても大量の真水が体液に侵入。そこでおしっこを大量にして余分な水分を排出しています。一方、海にすむ魚では逆に周囲の水の方が濃いために体内の水分が出ていき脱水症状になってしまいます。体の表面を覆う鱗は海水と体表の細胞が直接触れない役目も果たしているのです。それでもたくさんの水分が出ていくので、水をがぶがぶ飲んで水分を補給し、おしっこは少ししかしません。また、海水を大量に飲むために吸収された余分な塩を排出するための特殊な細胞が発達しています。こういう風に体液を一定の状態に保つ仕組みを浸透圧調節といいます。

 つまり、川から海に移動する為には浸透圧調節の方法を切り替えないといけないわけです。淡水でも海水でも生きられるウナギを淡水から海水に急に移す実験では、脱水のため体重が1割も減ったと言います。生まれたばかりの仔アユは、体長が8ミリ位しかなく体も充分にはできていないのに海に降ります。いかにもふてぶてしいウナギですら体重が1割も減る急激な環境変化を、生まれたばかりのアユの仔魚はこともなげに乗り越えてしまうのです。
 
 それでも魚はまだマシです。魚の血管は私たちと同じように体の中で閉じている閉鎖血管系。周囲の水の濃度が変わっても血管を流れる血液の濃度はそう簡単には変わりません。ところが、エビ・カニや貝類の血管は端っこが外部に開いた開放血管系なのです。このため、海水に暮らしているカニを真水に入れるとあっという間に血液は真水と同じ濃度に変わっていきます。

 体を作っている細胞は薄い膜でできた袋のようなもので、中は細胞液で満たされています。この膜には小さな穴がたくさん開いているので、水は自由に通り抜けることができます。このため、細胞を真水の中に入れると、浸透圧で水がどんどんはいってきて膨れ上がり、最後には破裂してしまいます。逆に、濃い海水の中に入れると細胞液の中の水がどんどん出ていき細胞は縮んで壊れてしまいます。

 魚の場合は、細胞がこういう直接の危機にさらされる割合が比較的少ないので、おしっこの濃さを変えるとか、水を一杯飲むと言う体全体を使った浸透圧調節で何とかなったのです。でも、血液の濃さがどんどん変化するカニや貝ではそんな悠長なことではすみません。あっという間にそこら中の細胞がパンクしたり縮んだりしてしまうのです。

 魚がやるような悠長な方法ではなく、細胞単位であっという間に浸透圧調節をやる方法があるはずだ、それを探そうというのが私が数年前までいた研究室の大きなテーマでした。

 その鍵は、カニや貝にたくさん含まれている旨味成分。カニや貝に含まれるエキスと呼ばれる旨味成分は魚の数倍。あれこれ実験した結果、細胞内に含まれるエキスの量を加減して周囲の水と浸透圧が同じようになるように調節しているのです。つまり、カニや貝が美味しいのは、生き延びるための努力(?)のたまもの、人間に美味しく食べてもらうためではないようです。

◎それにしてもなぜ

 一口に川を遡る魚と言っても、イサザやサケ、マスは産卵のために餌も食べずに遡り、卵を産むと死んでしまいますね。孵化した稚魚は海に降り一生の大半を海で過ごすので遡河性回遊魚といいます。一方、ウナギは稚魚の時に川を遡り、川で大きくなって産卵のために海に下ります。こちらは一生の大半を川で過ごすので降海性回遊魚です。モクズガニやアカテガニ、テナガエビなども産卵のために海に降る降海性生物です。

 でも、アユは卵から孵ったばかりの仔魚のときに海に下り若魚になって川を遡ってきます。そして川に上がった若魚はどんどん成長して親となり卵を産んで死んでしまいます。つまり一生のおよそ半分ずつを海と川で過ごすので、アユのような魚を両川回遊性魚と呼びます。

 でも、何も苦労して浸透圧調節の方法を切り替えたりしなくてもよいではありませんか。実際、サケヤマス、テナガエビなどはダムなどによって、子供が海に降りられなくなると川の中だけで一生を終える陸封型が生まれます。ヤマメヤアマゴ、琵琶湖産の湖産鮎などがそうですね。

 それでも苦労して海に降るのはなぜか。本当のところはまだまるで分かっていないのですが、一番もっともらしいのは海に降りることで生息場所を広げるという説明。たしかに海に降れば、別の川に分布を広げる可能性が出来ます。

 ところが、ここ数年、子供が海に降る川エビを調べていると。どうもそう簡単ではないようなのです。海に降る川エビの子供をいろんな塩分の濃度で飼育すると、確かに真水では途中で死んでしまいます。ところが海水で飼っても途中で死んでしまうのです。つまり、エビの子供が成長するには、確かに海水がいるのですが普通の海水の濃さでは暮らせないのです。なぜ、海と川を行き来するような面倒なことをするのか。その謎を解き明かすのはまだまだ時間がかかりそうです。
 
 
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