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【準備ニュース4号】

川・百話  第二話 「鮎の値段」  幸田 光温


 太田川にも、かつては川漁を職業としていた人たちがいました。その川漁師の一人、宮本友一さんに二十四年前、柳瀬の自宅で聞き取りをしたことがあります。明治二十四年生れの宮本さんは十二才の年に、河戸の漁師の家に弟子入りし、徒弟制度の下で業を身につけたのですが、入門の動機についてこう語っていました。

 「その頃、大人の日当が三十銭から三十五銭いうたらええ法でしたが、その頃に河戸の浜での、アユをとって来た人が仲買人に売ったのを見りゃあ、一円二十銭もろうたんです。アユを捕るのはこんとうにええもんか、金もうけがええもんかと…」

 感心して漁師になる決意をしたと言うのです。

 その後、師匠の門を出て独立して宮本さんは、めきめき腕を上げて、近隣で有名な漁師になるのですが、当時は魚の仲買人も多く、宮本さんはその中の七人の仲買と取引をしていました。朝、弁当を持って船で出かけ、一日漁をして夕方、やはり船でやってくる仲買と船の上で取引きをします。

 
「アユ一尾が六銭くらいの時がありましたの。高い時は十一銭という時もありました。白米が一升十一銭で、アユが一尾十一銭ということがありました。はあ、一尾捕りゃあ、わしが一日食う分はあるいうて言いよりました。」

 ここで言う一尾十一銭は生きたアユの値段であることは言うまでもありません。網漁では何百尾も捕れることはあるけど、網ではたいてい魚は死んでいます。死んだ魚はほとんど目方で取引きされるわけで、したがって漁師は少しでも元気な状態のアユを釣り上げ、また仲買人の方も生きの良いままで得意先の料理屋へ卸すことに努力します。この仲買専用の船は「ヨセ船」と言って、船全体の広さの四分の一もあるような大きな生け簀を持っていました。

 白米一升相当の値段で仲買人が買いとった一尾のアユは、料理屋で料理されて客の口に入る時には、白米三升分くらいの値段になっていたのでしょうか。この値段が現在の円に換算するとどれくらいになるのか、米の貨幣価値が先づ当時と現在では違っているから、換算するのはなかなか難しいでしょうが、相当高い値段であったことは想像つくと思います。

 それともう一つ、値段は生きの良さの他に、個体の形の良さによっても差があったと言います。大きさよりも形です。頭と背の間の肩にあたる部分がもっこり盛り上がったアユが良いアユで、清流の激流で成長した個体ほど、このもっこりが豊かです。太田川では滝山川で育ったアユが最も高値がついたと言います。清流で激流ということは、アユの運動量が大きいことと、岩につく水苔が新鮮であり、それを食べて育ったことで栄養豊富で香りが高いということです。アユは香魚とも書くくらいですから、香りの良さがねうちです。香りの高い味の良いアユは相当高価であっても食べていた当時の人たちは、おそらくは味覚も豊かであったと思われます。

 近頃、魚屋の店頭に「天然もの」と書いたパック入りのアユを見かけます。海から遡上するアユがいる川は近辺にはないから、この天然というのは琵琶湖産の放流アユ、つまり「養殖アユ」ではない、との意味かも知れません。が、もしかりに天然遡上のアユがどこかにいたとしても、新鮮な香りの良い水苔がつく豊かな水量の川にならない限り、昔の高価なアユを食べられる幸せはもどってこないでしょう。
 

 
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