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連載 モーッアルトと広島湾の魚 川上 清

第4話 メヌエットとハギ
2006年11月 第67号


舞曲はイベントのBG音楽

 Kさんが「モツキチ」になったきっかけは、ヴァイオリン・ソナタハ長調K296であるが、通常モーッアルトへの入門は数ある曲の中で親しみやすく有名な曲、例えばアイネ・クライネ・ナハト・ムジークやキラキラ星変奏曲、トルコ行進曲、フィガロの結婚などを聴き、段々好きになるというプロセスをたどるものである。二歩三歩とモーッアルトの門に入っていくと、彼の全曲の中で特筆すべき「ドイツ舞曲」「コントルダンス」「メヌエット」など独立した舞曲に出会う。それらは複数〜19曲位からなっており、ケッヘル番号は夫々にまとめて一つだけになっている。数えると200余りの曲数になることが分かり驚かされる。

 これらは17〜18世紀にかけて王室や多くの貴族が、教会、演奏会、オペラ上演と共にしばしば盛大な結婚式、イベント、パーティーなどを催す時、そのバックグラウンド、ミュージックとして楽師たちがより楽しく会を盛り上げるための演奏をするのが慣わしであったことによるという。

 そのような時代背景の中、ピュアなプロ音楽が第一号として生計をたてていたモーッアルトは、彼らから多くの曲の注文を受け、その会にマッチした美しい舞曲を次々と作り上げていったのである。
 

ダンスの名手「ハゲ」

 広島湾の魚たちに目を移してみよう。
 繁殖期に入った殆どのオスどもはメスを中心にして激しい動きでダンスをしながら放卵を待って素早く放精する。
 そのような習性の中にあって「ハギ」とくに「カワハギ」は繁殖期でない時でもオスとメスが出会うと同心円を描きながら泳ぎ、初めはスローテンポの踊りから次第にスピードを増し、目まぐるしい動きに変わって、なお踊り続ける。世に言うフォークダンスの発案魚の所以であるが、繁殖期に入った時の凄まじさを想像するだけで興味津々、大自然の計り知れぬ摂理に感動をさえ覚えさせられる。

 広島湾での「ハギ属」の産卵期は6月下旬から8月にかけて、あま藻場やホンダワラのクラスターで透明で球形の粘着性の強い卵を産み付ける。約60時間で孵化、しばらく浮遊生活を送って藻場に帰り、続いてカキ筏や岩礁帯に定住する。

 運動は至って緩慢、特に藻場を住処とする小型の「アミメハギ」は容易に捕まえることが出来る。しかしどの「ハギ属」も姿形の弱弱しさや、のろまな仕草に似合わず環境の悪化や情況の変化に対してすこぶる強い。
 

ハゲの代表「ウマヅラハギ」

 広島では正式名の「ハギ」とは呼ばない。「ウマヅラハギ」や「カワハギ」もすべて「ハゲ」である。面白いことに広島以外での「ハゲ」の主流はカワハギでウマヅラハギは傍流に甘んじ味も落ちるとされているが、全く逆である。本当はウマヅラハギの方が「フグ目」の特徴をしっかり持っており、肝も大きく美味い。軍配は文句なしにわが広島に挙がる。

 「ハゲ」がダンスの名手であることを知ってもらったところで、モーッアルトの独立した舞曲以外のおびただしい数の舞曲についてKさんの解説を聞いてみたい。
 

600曲以上の舞曲

 モーッアルト5歳時の作曲K1に始まりK626、新しく見つかった300曲余りの中にあるいわゆる「喜遊曲」と翻訳されている「ディベルティメント」や恋人に歌いかける「セレナード」などは、すべて数楽章からなり、その中に1〜2楽章のメヌエットやロンド(輪舞)が情況に応じてダンスもできるように挿入されている。

 また、VIPを送迎する時の曲で闊達なリズムに乗ったメロディーの行進曲は通常1楽章のみで、弦楽器や管楽器のみのものに加え、弦と管の小オーケストラや時には声も入るなど、その会の目的と効果にも配慮している。

 その他、交響曲や室内楽の第3楽章にメヌエットやロンドも多く取り入れられ曲に花を添える細やかな配慮がなされている。

 Kさんはそれらの曲をカウンターにかけて調べてみたが、その数は独立した舞曲を含め600余りにもなり、正確な数を打ち出すのは不可能だったと語る。

 当時の社会的背景は、支配階級が少し落ち目になりあらゆる芸術文化が爛熟期に入った頃で、かなり退廃した風潮にそった華麗な服飾が王侯貴族の間に咲き乱れていた時期だと考えられる。

 こうした社会的背景を鋭い勘で捉え、絶妙な肥やしとして幼少より与え続けた名伯楽、父レオポルトに大きな拍手を贈りたい。
 

舞踏会衣装を纏う
「モンガラカワハギ」


 「ハギ」の世界にも興味深い仲間が相模湾以南の黒潮沿い沿岸帯に生息している。美しい文様と縞柄模様のある「モンガラカワハギ」である。口はオレンジ色、背側は黒く腹側に大きな白斑のある独特な色調で、まさに派手を絵に描いたような「ハゲ」である。「きれいな薔薇にはトゲがある」という俗諺どおり「シガテラ毒」を持っているので食用にはされず、もっぱら観賞用として人気を博している。

 華やかな舞踏会を思わせるような「モンガラ」は、マーシャル群島では「ブブ」、沖縄では「カーハジャー」、熱帯では海の澄んだ珊瑚礁を色彩もとりどりに泳ぎ回っている。

 ハワイに行くと、「フマフマ、ヌカヌカ、アプアア」と呼ばれているそうで、あるいはフラダンスの発案魚であるかもしれない。

 一般的に夜行性の動物は色の識別が出来ないと言われているが、蝶や蜂など花の蜜を吸う昆虫類や色とりどりの模様で飾られた魚類は色の識別が出来、なおかつ人間と同じように美醜も分かるという。何ともはや自然界の驚異としか言い表しようがない。

 これら暖海性のモンガラ属は、「タイワンガザミ」や「アイゴ」のように黒潮蛇行や海水温上昇で広島の海にもお目見えしてくれるのではないかと、kさんはそれを心待ちしているのだが…
 

35歳の生涯は旅の中

 閑話休題、モーッアルトの作曲時の神技についてのエピソードは枚挙にいとまがないほどであるが、レパートリーの広いどの名曲も短時間にそして、いとも簡単に創られている。その楽譜を演奏者の練習に配るため超スピードで書き上げるのだが、自分が受け持つパートの楽譜は書く時間が無く、しばしば自分の頭の中にインプットして完璧な演奏をこなしたというものがその最たるものであろう。

 大天才のみがなし得る至芸であるが、これら夫々の目的によって創られた華麗な舞曲の数々が、後にあの有名な「会議は踊る」につながり、現在の格調高い「ウィンナワルツ=ニューイヤーコンサート」へと発達していったのである。

 アインシュタインの音楽史によると、中世音楽は11世紀頃からキリスト教とともに進化し、16世紀に入って過去の音楽の完成と新しいルネッサンスの音楽に進化していき、17〜18世紀バロック時代の開花につながった。その時期にバッハ、ヘンデルなどがバロックとクラシックの狭間で近世音楽の基礎を築き、ハイドン、モーッアルト、ベートーベンと古典派の大音楽家を誕生させ、この3人を古典主義の3大家と呼ぶようになった。

 次いで18〜19世紀には、ウェーバー、シューベルト、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、ブラームスなどのロマン派が一世を風靡、その後近代から現代へと続いてきたのである。

 多くの音楽家の中特にモーッアルトは、死後時が経つにつれ、音楽の万能性を見事に具現した数多く残されたすべての分野での名作が、より高い評価を受けるようになり、ワールドワイドに大ブームを巻き起こすまでになったのもむべなるかなといいたい。

 35歳で逝った短い生涯は、その1/3以上が馬車による旅から旅への音楽活動で、想像に絶する苦難の連続であったと推測できるが、その苦悩を微塵だに感じさせない神々しさを持った全曲をどのように表現して良いかkさんには分からない。

 Kさんに聞くと、同時代からロマン派時代にかけて数多い音楽家の中で、これほど旅に明け暮れ、各地で絶大な名声を勝ち得た人物はほかにない。ウィーン、ミュンヘン、パリ、海を越えてロンドン、そしてイタリア各地と、肉体的ハンディを背負っての過酷な旅、特に冬季のアルプス越えの厳しさにどのようにして耐えて幾度も往復することが出来たのであろうか。何か音楽に対する執念のようなものを感じるという。
 
 

モーッアルトも舌鼓?

 モーッアルトが、何度も行ったといわれるミラノやヴェローナ、ボローニャ、ヴェネティアなどに縁の深いアドリア海は有数のハギ属の産地で、イタリア料理にも結構使われており、モーッアルトも舌鼓を打ったのではないかと想いをめぐらすのも愉快である。

 また、ベネト州モンテ、ボルカの新生代第3紀新生の地層から多くのハギの化石が発掘され化石博物館に他魚種の化石とともに陳列されている。世界中の多くの研究者や愛好家から貴重な資料として注目を浴びている。

 6〜7千万年前はアルプス南麓の海であったポー川流域の平野、その時代から住み続けてきたハギ一族、また、それ以前の恐竜時代、1億年前頃からいたであろうと推測されるモンガラ一族、胸が躍るようなロマンが感じられ、一度は訪れてみたい思いでいっぱいである。

 最後になったが、モーッアルトの舞曲で特に親しまれている名曲をKさんに選んでもらった。甲乙つけ難い多くの曲の中から選ぶのは、満天の星の中から太陽系の惑星を見つけ出すように難しいと呟きながら…

 1.ディベルティメントK287、6楽章=格調高い美しい曲で第3、第5楽章がメヌエット。

 2.ディベルティメントK334、6楽章〜最も有名なディベルティメントで、第3、第5楽章にメヌエットがあり、特に第3が有名で、単独演奏されることが多い。

 3.ハフナセレナードK320=オーケストラ用で第4楽章のロンドはヴァイオリンのソロでリズムの良い楽しい曲。ロンドK382=ピアノとオーケストラも圧巻である。

 4.ディベルティメントK563=ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽トリオで奏でる名曲、6楽章の曲で、第3、第5楽章がメヌエット。

 5.6つのドイツ舞曲K571=ドイツ舞曲で最も親しまれ、よく演奏されるリズムの良い曲。

 以上であるが、癒しのモーッアルト91曲からいまでに卒業できないでいるkさんには1.のK287、メヌエットぐらいしか聴いたことがない、とんと分からない舞曲の世界なので、師匠の期待を裏切らないように一歩一歩を進めていくしかないと想っている。
 
(シモン・ゴールドベルク指導 木本敏雅)
 
 
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