「たこ」(蛸)の四方山ばなし(下)  小松 邑司

2006年 7月 第63号

 昭和33年、大学を卒業した頃(大阪工業大学・編集部註)長年の念願だった船を手に入れました。かなり傷んだ漁船でしたが、半年かけて修理再生し、ますます釣りに拍車がかかり、それも蛸釣りに集中しました。釣り名人から魚場を聞き出し、しばらくは五日市沖にある「つくね島」に出掛けました。島の北側や南西の浅瀬にはアサリ、西側の岩場には蛸釣りの餌になるカニがいますし、磯には蛸がいます。日本近海の蛸の種類は8種類以上といわれますが、広島湾ではほとんどが「マダコ」のようです。

 毎週土曜日には餌のカニを獲り、日曜日になると早朝3時に起床、4時ごろまでに島に行き流し釣りをして約2時間くらい。収穫は平均2匹で充分満足でした。



 「海の魔物」といわれる蛸ですが、それはその変身術の見事なことからの言葉でしょう。「身のマジシャン」のごとく岩場で見ても見抜けないほどで黄、赤、黒の色素細胞を広げたり縮めたりして身体の色を変え皮膚にシワを作って形を周りの岩そっくりに化けることが出来ます。砂地の蛸は白く、藻にいる蛸は黒っぽいです。敵に襲われると強烈な墨を吐き身体の色を白っぽくして誤魔化して逃げる術を持っています。蛸の武器は吸い付く吸盤と口から出す毒液で、獲物を麻痺させて食べる習性があります。昔から「蛸は何でも食べるし畑の芋まで食べる」という言い伝えもあるほど。天敵はウツボや海亀ですが、足を食われても、元通りに回復するらしく、現実に足が8本ない蛸は魚屋さんでもお目にかかることはありません。

 「つくね島」での蛸釣りも昭和30年代の後半には採れなくなったので、宮島の東側にある「江の島」と「おおなさび島」の間の磯まで遠征するようになります。出航は早朝2時になりましたが、それでも蛸釣りには執念を燃やしました。磯は水深30m以上、「似の島」側から流しましたが、まあまあの収穫は確保できました。帰路は1時間。採った蛸の頭をたたき刺激の位置で違った色に変身するのを楽しみながら帰ったことを思い出します。

 やがて五日市側も埋立てられて、餌のカニ取りができなくなり、蛸釣りも海の汚染と共に冷めていきました。今は永遠に帰りそうもない海に落胆しつつ、ヨットに切り替えて月1回のクラブレースに参加している現状です。最近は海が少しきれいになったとかいう声も聞くし、蛸も釣れたと耳にしますが、私はまで姿をみていません。疑似餌では蛸に見抜かれるのではないでしょうか?早く蛸釣りの回復を願うばかりです。
 
当ホームページ上の情報・画像等を許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます。