多くの昆虫は、寒い冬の間、水中や落ち葉や土の中に潜って春を待つのがほとんどですが、中には冬季に現れて活動し、交尾、産卵をして一生を終える昆虫もいます。変温動物の昆虫の中で、雪上に出てくる変わり者を「雪虫」と総称します。幼虫が渓流の中で生活する水生昆虫のカワゲラ、トビケラ、カガンボ、ユスリカの仲間には「雪虫」となる種類が多いようです。
早春から春にかけて出現し、雪上を這いまわる小型のカワゲラや、中央アルプスなどで、夏に雪渓上に出現する「雪虫」を、特に、登山者の間では「雪渓虫」と呼んでいます。この「雪渓虫」は、翅を持った種や昆虫でありながら全く翅の無い種など6属27種が報告されていますが、その生活史はよく解っていません。寒冷な環境では、昆虫の特徴である翅が短くなったり、なくなったりすることが多いですが、日本ではクロカワゲラ科のセッケイカワゲラ属とセッケイカワゲラモドキ属の8種が翅の無い成虫となっています。
日本で最初に「雪渓虫」が見つかったのは1930年頃です。文化勲章受賞者であり、登山家としても著名な今西錦司博士によって発見されました。
「雪渓虫」の和名はセッケイカワゲラです。全長約1cm、図鑑では「本州の全域に分布する」となっていますが、中国地方では、兵庫県の氷ノ山(1252m)から報告があることから、西限は東中国山地と考えられていました。ところが、1986年2月5日、中央中国山地の旧比婆郡西城町熊野において、金沢成三先生(比婆科学教育振興会会長)が発見され、一気に西限が移動しました。ひょっとしたら、西中国山地にも生息しているのではないかと思い始めていたところ、その思いが2002年3月3日に実現しました。
気温6℃、水温4℃、積雪80cm、太田川の最上流域で、十方山(1319m)の裏側にある水越峠へ調査に出かけるグループがそろいました。幸い、天気に恵まれ、セッケイカワゲラが活動しやすい快晴となりました。真っ白い雪に真っ黒い体だから、すぐ見つかりそうなものですが、体長は1cmに満たない大きさですし、雪面には沢山の樹皮などが散らばっています。体が真っ黒いのは太陽の熱を吸収する上で都合がよいことです。太陽の熱を十分吸収して体温を上げ、活性化することができるのだと思われます。翅がないのも、体温を奪われまいとする適応かもしれません。よほど注意深く観察しないと見つかりませんが、それでも1時間の間に3頭を採集することができました。
この結果、セッケイカワゲラの西限は西中国山地の水越峠となったのです。セッケイカワゲラはアルプスや氷ノ山や十方山の高地冷水域に局限されていることから、氷河期の遺存種と考えることができます。
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