サンショウウオと聞いて、多くの人はオオサンショウウオのことを思いうかべるでしょう。しかし、ここで紹介するハコネサンショウウオは全長13〜18pで、小型サンショウウオと呼ばれるグループに属します。その小型サンショウウオは全国で15種類が知られていますが、ハコネサンショウウオはその中でも最も分布域が広く、本州・四国に棲息しています。ハコネサンショウウオのハコネは箱根山(神奈川県)から最初に発見されたことに由来しますが、広島県では備北地方や芸北地方の山地渓流(標高約900m以上)に棲息しており、本種が冷水域に適応したサンショウウオであることを示しています。特に太田川の源流域である西中国山地は本州におけるハコネサンショウウオの西限にあたリ、「広島県の絶滅のおそれのある野生生物」では希少種に選定されています。
カエル(両生類)がオタマジャクシ(幼生)を経て親になるように、サンショウウオも幼生を経て親になります。ハコネサンショウウオの幼生は約2年半ほどかかって親になるため、私たちがよく見かけるサイズはその成長期間に応じて4〜12pと幅があります。方言では「かく かくうお」と呼ばれていますが、これは幼生の頭部が角張っていることに起因するものと思われます。オオサンショウウオの「はんざき はんざけ」とは区別されています。両生類の幼生は鰓呼吸をし、変態後は肺呼吸に変わります。しかし、ハコネサンショウウオは変態後も肺は分化せず、多くを皮膚呼吸に依存しているため、親になっても水際から離れることはできません。
太田川の源流域では,繁殖期は6月上旬です。「太田川源流域」と限定したのは、本州の他地域では繁殖期が異なるからです。おそらく水温の上昇と関係があるものと推測されますが、繁殖が確認されたのは全国で4例しかなく、西中国山地(吉和冠山1339m)で確認できたのは幸運としかいいようがありません。卵のうは岩盤(安山岩)の節理面に産み付けられておりました。6月なのに伏流水は6℃、調査を続けていると指がかじかんでしまいます。産卵場所には十数個の卵のうが産み付けられており、また、周りの節理には成熟雄が待機していたことから、ハコネサンショウウオは繁殖場所に成熟雌がやってきて、それと数個体の雄とがつがい、産卵後に雌は山へ帰っていくことが繰り返されると考えられます。わずか2pという隙間で行われる繁殖行動を観察するのは不可能なことなのです。
7月、8月…と観察を続けましたが卵は孵化しません。「未受精卵だったのか?」と思っていたら、11月下旬にやっと孵化しました。他の小型サンショウウオが約1ヵ月で孵化するのに対して、ハコネサンショウウオは6ヵ月もかかるのです。その結果、多くの水生動物が冬眠に入ったあとで孵化することになります。これは孵化幼生が捕食されないためなのでしょうか。こうした生活戦略を獲得したからこそ、西限の厳しい環境で生き続けることかできたと思われます。
近年、中国山地では千メートルを超える山塊が皆伐され、スキー場へ変貌する事例をよく見かけます。表土が流れ、山が乾燥するとハコネサンショウウオには棲みにくい環境になっているはずです。
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