太田川水系の生き物たち−植物− 2007年 4月 第72号

エンレイソウ
〜花が咲くまで10年以上の歳月が…〜


 太田川流域の源流部、芸北では、自然の林が落葉広葉樹林となります。林を構成するブナやコナラが葉を開ききるのは5月に入ってからですが、林床では一足早く草花が咲き競います。雪解けとほぼ同時に葉を広げて、上層の木々が葉を開いてしまうまでの短い間に花を付けて種を作るためには、種からの栄養だけでは難しいため、このころ花を付けるものの多くは多年草です。中でも、カタクリ、チゴユリ、ツクバネソウなど、鱗茎や球根が発達するユリ科のものは様々なものが見られます。エンレイソウもその一つです。

 エンレイソウは湿った林内に生える多年草です。根茎は延齢草根と呼ばれ、胃腸の疾患や催吐剤になるそうです。日本ではエンレイソウの仲間は3つの雑種を含めて8種が記録されていますが、広島県では芸北などに見られるのは属名と同じエンレイソウという種です。太い茎と3枚の大きな葉、それとは対照的に小さな花。これらがつくる奇妙な姿は、一度覚えれば間違えることはないでしょう。葉だけでなく、花のつくりも3の倍数が基準となっており、外花被片(がく)は3枚、雄しべは6本あり、雌しべは戦端がつに分かれます。芸北で見られるエンレイソウは花びらに当る内花被片を持っていません。ユリ科の植物は、普通、発芽1年目に花を咲かせることはありません。冬を越したエンレイソウの種は根だけを出し、もう一度冬を越してからやっと小さな葉を1枚だけ出します。この小さな葉が、雪解けから深緑までの間に光合成を行い、鱗茎に栄養を蓄えるのです。わずかな期間に栄養を蓄えることを繰り返し、大人と同じ3枚の葉が出るまでには7〜8年かかるともいわれています。花が咲くまでにはさらに時間がかかるので、野外で出会う花は、小学校高学年から中学生と同じくらいかそれ以上の個体と考えられます。

 春の落葉樹林に咲く草花は、短命なイメージを持たれがちです。しかし、短いのは花の咲いている期間や地上部に植物体があったりする期間だけあって、そこに至るには長い年月が必要です。種が落ちてから花が咲くまでの間、四季をめぐる環境が保たれないことには実を結んで子孫を残すことができないのです。そのサイクルを保ってきた時間こそが原生林の価値と言えるのでしょう。
 
写真・文 芸北 高原の自然館 白川勝信
 
当ホームページ上の情報・画像等を許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます。