水田耕作が始まって以来、必要な水を確保するために、各地にため池が作られてきました。夏でも雨が少ない瀬戸内地方では、兵庫県をはじめ、広島県にも世羅台地・西条盆地などを中心に多くのため池が見られます。長い年月を農耕文化と共に維持されてきたため池では、一年を通じてため池の周期に適応した植物がみられます。
ジュンサイも、そんな「里のため池」に適応した植物の一つです。貧栄養な池に生育するジュンサイは、水底の地中を地下茎が匍匐します。そこから水中に水中茎を出します。
古事記には「ヌナワ」という名で登場しますが、こちらは長い茎を縄にたとえた「沼縄」が訛ったものです。
花が見られるのは夏の盛り頃で朝開いて昼頃には閉じてしまいます。花や葉は水面に浮かんでいますが、根は水底にあるので、長い茎が池の水位に合わせて伸びます。水位の変化が激しいため池に適応出来たと言えるでしょう。
種子で増える他に、水中茎の先端が養分を貯めて膨らみ、冬の前にポロリと落ちて越冬用の殖芽となります。
若芽や葉柄、葉の裏側などは透明なゼリー状の物質に被われていて、ヌルヌルしています。料理に使われる「つるん」として舌触りのジュンサイは、初夏の頃に新芽を摘み取ったものです。古くから食用にされており、その土地ごとに、ジュンサイを使った料理があるようです。
和名の蓴菜(ジュンサイ)も、漢名の「蓴(じゅん)」に食べられる植物という意味の「菜」を付けたものです。今日でも、形の整ったものは高級食材として提供されます。
ただし、ジュンサイが生息するようなため池は年々減少しているようです。これは農地経営の変化と無関係ではありません。圃場整備が進み、ポンプが給水できるようになったことや、コメの生産量が減ったことから、ため池が必要とされなくなり、放棄されているため池もあります。漏水すると堰堤を修復する為に、コンクリートで四面を囲ったため池も珍しくなくなっています。これに加えて、家庭からの排水や山林の開発により、池の水質も影響を受けています。
ため池に生息する植物のうち、4種に1種は絶滅の危機に瀕しています。ジュンサイはまでレッドデータブックに登録されていませんが、環境が悪化していることに変わりはありません。最近では、ため池で収穫するのではなく、休耕田を利用しての栽培も行われているようです。食卓から夏の風物詩ジュンサイが消えることはなさそうですが、水田との結びつきが消えていくのは寂しい思いがしますね。
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