生態系・里山・里海


広島市内の川と海は一体なのだ!

地下水と潮の干満を利用したヘドロ除去の研究


〜広島大学 日比野准教授に聞く〜

 2007年10月 第78号

 「広島市内を流れる6つの川は広島湾と一体のものとして考えなければならない」と日比野忠史さんは言います。広島市街地は約4000年前から、上流からの土砂が積もってできた扇状地です。潮の干満は河口から安芸大橋付近まで届き、ボラなど海の魚が市内の川を泳ぐ風景はよく見ることができます。また、日比野さんはこの扇状地全体のごく浅い地下には地下水の流れがあるといいます。
 潮の干満と浅い層をながれる地下水、これが広島市内の太田川の大きな特徴だということです。この特徴を利用してヘド囗を除去しようという実験が旧大田川、空鞘橋下流で行われています。広島大学に日比野さんを訪ねてお話をうかがいました。
 (取材・岩本有司、篠原一郎)


 
「広島市全体の扇状地の浅い層に地下水が流れているというのは初めて聞くことですが、それは伏流水といわれるものとは違うのですか?」

扇状地には地下水が流れる


 伏流水というと川の下をながれるイメージが強いですが、広島の場合は扇状地全体に流れている所に特徴があります。この地下水は上流の山の方から扇状地にはいってきますが、1年を通じて約18度で冬暖かく、夏は冷たい、飲めるほどではないが、きれいな水です。川の流れと同じように海に向かって川の流れの10分の1ぐらいの速度で流れています。川の流れを毎秒10cmとすると1cmぐらいの速度です。それが広島湾の海底まで続いています。太田川のもう一つの特徴は潮の干満差が大きいこと、大潮の時には4m以上あります。これで、河口から10qの安芸大橋付近まで海水が上ります。広島の市街地は広島城が築城された約400年前には今の平和大通りあたりが海岸線でしたが、それから江戸時代以降300年の間に吉島、江波、宇品などの土地が埋め立てられて陸地になりました。このような歴史からも広島市内の太田川と広島湾は一体のものとして考えていく必要があります。


「このような特徴を利用してヘド囗を除去しようというお話ですが、そもそもヘドロというのはどうして出来るものなのですか?」

ヘドロの正体は…


 河川の流域に住む人間の活動から様々な有機物が川に流され、その終着駅は広島湾です。この有機物の約10%は海のプランクトンなどによって利用されますが、あとの90%は粘土質のドロと混ざり海底に溜まってヘドロになります。このヘドロが分解する時に海底域の酸素を奪って、「赤潮」にたいして「青潮」ともいわれる貧酸素水塊をつくり、生物の命を奪い生物の棲めない海底水域を作ってしまいます。

 私はもともと広島湾のことを研究してきました。研究の結果、このヘドロは広島湾の各地に堆積するのですが、主に海田湾や呉湾など、東側にたまりやすい傾向にあることが分かってきました。それは、広島湾の西側、能美島と宮島の間が地理的に大きく開けていて、海水の交換が盛んに起こるのに対し、東側は、音戸の瀬戸と早瀬の瀬戸に狭められて、閉鎖的で、海水の交換が小さいためだろうと考えられます。広島湾全体の海水の流れによって起こる現象です。

海のヘドロが川に逆流する

 この海田湾や呉湾に溜まったヘドロが潮流に乗って、広島市内の川に運ばれてくるのです。海田湾に近い猿猴川だけでなく放水路まで6つの川全体です。運ばれてくるのはヘドロといっても水分含有率300〜600%の「浮泥」と呼ばれるもの。土を容器に入れると粒子の間に間隙ができますが、その間隙全部に水が埋まった状態が水分含有率100%です。300〜600%というと水の中に有機泥の粒子が浮いているといった状態のものです。これが潮の流れに乗って太田川に遡上してくるのです。

 ヘドロを含んだ海水は市内の川に運ばれると淡水と比較して比重の重い海水は淡水の下に沈みこんでいき、川底に堆積するというわけです。川の中でヘドロが溜まりやすい場所、それが川の流れによって出来る干潟です。

ヘドロに埋まる干潟

 干潟は力二などの底生生物にとって非常に安定した場を与えます。浅い層を流れる地下水が酸素を供給し、土壌に含まれる栄養分を干潟に広く浸透させるため、底生生物が住みよい環境を維持してくれるのですが、ヘドロが溜まりやすい所でもあるのです。ヘドロが溜まると、地下水の行き来が遮断され、干潟に十分な酸素の供給や栄養塩の浸透が起こらなくなります。このような状態になると、有機物中の硫黄は水素と結合して硫化水素になります。ヘド囗には独特の臭いがありますが、その原因は硫化水素です。酸素が豊富な土壌は茶色なのですが、硫化水素によって還元状態になるとヘドロは黒くなります。そのような環境では、地表面付近にゴカイなどの環形動物しか住めず、干潟の生物多様性という面においても、景観的にもよくないですね。

 今は、川の水は可部周辺の中流部でも下水処理が整備されて、かなりきれいになっています。しかしこれまで海や川に溜まったヘドロは何らかの対策によって処理しなければなりません。

 もともとは流域の人間が出した有機物が主な原因で海に溜まったヘドロですが、それが川に再び戻って堆積している。川と海を行き来するヘド囗を除去するには、まず、川のヘドロから…という考えが、空鞘橋での実験なのです。そういう意味では、太田川は広島湾の浄化槽的な役割を持つと考えられます。


 「川のヘドロを除去する空鞘橋の実験とは具体的にどんなものなのですか?」 
 

浸透柱の利用〜〜Hiビーズ〜

 ヘドロを除去するために、我々は現在、浸透柱と言うものを用いて研究を行っています。浸透柱とは、堆積するヘドロ層とほぼ同じ高さ、約1mの金網で作った直径60cmの円筒をヘドロの中に埋め込み、そこにHiビーズを詰めるというものです。Hiビーズと言うのは、共同技術開発を行っている中国電力グループの火力発電所から出た石炭灰を砂利のように固めたものです。多孔質であるため、余分な栄養を吸着するという特徴があります。

 実験場は旧太田川の空鞘橋下流の左岸。ヘドロに埋まった干潟に浸透柱を3m問隔に4列埋め込んでいます。満潮になると干潟は水の中に沈み、浸透柱も海水で満たされますが干潮時には海水に代わって、底から豊かな地下水を浸透させます。潮汐による水の交換だけだと、干潟の表面水の利用にとどまってしまいますが、浸透柱を埋めることによって、より豊かな地下水をくみ上げ循環させることができます。

 ヘドロは貧酸素状態ですが、浸透柱から、地下水とともに酸素が供給され、浸透柱周辺のヘドロ中の有機物を分解できるバクテリアが住み易くなり、他の様々な生物にとって住みよい干潟に再生することができます。

実験の成果は?

 2005年から実験を始めて2年。まだ長期的な調査を続けないと細かい結論は出ませんが、今実際に実験場周辺ではヘド囗が溜まらなくなり浸透柱上には砂の堆積だけが見られ、足を踏み入れてもずぶずぶ埋まらないで、歩ける状態に変わりつつあります。その周辺の泥の色も黒色から茶色に変わってきていますし、シジミはヘドロの中では住めないのですが掘ってみると見つかります。カニは泥のなかにもいますが、ここでは無数の緇かいカニが穴を掘っています。明らかに軟弱なヘドロ地盤がなくなって、よい方向に向かっています。

産業廃棄物の有効利用

 また、Hiビーズは中国電力の火力発電の副産物である石炭灰で作ったものなので、環境にもなんら影響を与えることはありません。もしヘドロが無くなったら、流れてしまっても全く問題は無い。海に流れたら、海中のヘドロ中に入ってヘドロの再浮遊を抑制してくれるという効果も期待できます。産業廃棄物を利用して、自然にやさしいものを作ると言う考え方です。



親水性の向上への取り組み

 旧太田川の空鞘橋実験場では、浸透柱の実験と平行して、今後はHiビーズを使って、人が水辺に足を踏み入れられるような親水エリアを作ると言う計画もあります。細かく砕いたHiビーズとヘドロと砂を適量混ぜることによって厚みをもった適度な硬さのものを敷きつめて人が歩けるような地盤を干潟に作り、水辺に憩えるエリアを作ろうというものです。
 
 
当ホームページ上の情報・画像等を許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます。