生態系・里山・里海


目標は「天然アユが育つ太田川」
「子供達が泳ぎ遊べる太田川」

〜太田川再生プロジェクト委員会報告書作成へ〜

 2007年1月 第69号

 今年8月18日にスタートした太田川再生プロジェクト委員会(佐々木健委員長、委員17名)は、10月の現地見学会を含めて12月までに4回の検討会議を開きました。「天然アユが育つ太田川」「子供達が泳ぎ遊ぶ太田川」を目標に、各委員から太田川の現状と問題点、その解決、再生の方向についての意見が出されました。

 12月19日に開かれた会議で、報告書の内容を検討し、3月中に報告をまとめることを決定しました。会議ではどのような議論と提言が出されたのか?太田川再生のポイントは何なのか?会議の模様をご紹介しながら考えたいと思います。
 (取材・原 伸幸、篠原一郎)

 

 
 会議では、各委員の太田川に関係する立場から、現在の太田川をどのように認識しているか問題点は何かということが話され、その方法は、という方向で議論が進められました、その中でまず全委員が一致する目標を設定し、それに向かって何が出来るのかを検討することになり、目標は
「天然アユが育つ太田川」「子供達が泳ぎ遊べる太田川」を実現することとしました。更に「広島カキが育つ太田川」ということも視野に入れるべきという意見もありました。
 
市内の護岸はすばらしい!

 まず、川の景観、水の汚れについて。雁木タクシーの氏原睦子理事長が「雁木は人と川を結ぶ貴重な場で、2年間で七千人の乗客があり、その感想は川がきれいだと驚いている」と報告。それを裏付けるように新潟大学の大熊孝教授は、現地視察後「下流のデルタ地域の護岸は景観的にも親水的にも素晴らしい、日本のトップクラス。下流の思想を上流に広げていって欲しい」と高く評価、国交省の河川整備や、広島市の「水の都」構想が成果を上げていることが確かめられました。
 
川底にはヘドロと大型ゴミが…

 しかしその一方で、
広島市内水面漁協の安達勝志組合長は「太田川のシジミ漁での問題は、川底がヘドロ、それに空き缶やペットボトル、プラスチックが溜まっていること。汚水と雨水の混合排水がヘドロの原因になっている」と発言。また太田川漁協の栗栖昭組合長も川底にはバイクや冷蔵庫など浚うと一度に大型ゴミが4t車3台もでる。大型ゴミはお金を払わないと処理できない、何とかならんものか…」と発言。

 更に
広島市漁協の浜本隆之組合長は「広島湾は川の終着処理場だ。今は沿岸の埋め立てで、潮流が停滞、海底はヘドロが溜まり貧酸素水塊が恒常化している。魚やカキは窒素やリンが育てる珪藻プランクトンを食べて育つから環境汚染を抑える役割をしているが、海の汚染許容度は限界で、カキ養殖も養殖期間を延ばしたり、筏の好適水域へのいどうなど技術を駆使したりして今の生産量を保っている状態だ」と広島湾の現状ほ報告。

 
国交省太田川河川事務所水野雅光所長は「泳げる川にするには、大腸菌とヘドロが問題。現在、太田川事務所では、中国電力と共同で空鞘橋の下100mで、ヘドロ対策として火力発電所の灰を川底に敷く実験をしている」と紹介しました。

 この問題についての改善の方向は、市民はゴミを出さないこと。もう20年続けている太田川の清掃「太田川クリーン運動」のやり方を工夫するなどの方向を提言することにしました。
 
森の荒廃が災害の原因に

 
広島市水道局管理者の江郷道生氏は「広島県民170万人が太田川の水を飲んでおりまさに太田川は広島にとって母なる川であること。市では上流の吉和に「太田川源流の森」355haがあり、市民の水を守る森として針葉樹、広葉樹の混交複層林として整備している。この植林には恩恵を受ける島の人々も参加、水の大切さを啓蒙する場として役立てていることなどが話されました。

 また、
市民グループ「森の塾」山本和志塾長は洪水対策や保水面から広葉樹林は大切で、市に編入した湯来町の森林を落葉広葉樹の混交林にする等、具体的な施策が必要だ」などの発言があり、流域の森林の問題については広島大学の中根周歩教授が、流域の森林は間伐の手抜きで荒廃、災害をもたらす山崩れや土石流の原因になっていること、間伐については植林して20年に40%、50年で更に40%間伐していけば山は自然に複層林になること。流域の森林の保水能力については調査の上、定量的なデータを抑える必要性を強調しました。
 
中電は説明責任を

 このほか、過疎に悩む上流域にいかに人を呼び、交流を盛んにするかという問題で、太田川清流塾の小田長塾長の可部線の跡地の活用、行政の枠を越えた広域的な観光開発などの主張がありました。

 
広島大学の上真一教授本誌の原伸幸運営委員から、太田川の利水者として中国電力がこの委員会の委員に参加していないのはおかしい、社会的な説明責任を果たして欲しいとの指摘がありました。事務局から中電への要請の結果、中電は「委員からの質問に応じて、資料の提供や説明をする」ということで、2回目からオブザーバー参加をしています。
 
一番の問題は流量が少ない!

 4回の会議を通して一番大きな問題としてクローズアップされたのは、可部大橋から上流の水量が少ないことです。下流には土師ダムから日量30万トンの放流が可部発電所を通じて高瀬堰に注いでおり太田川本来の流れ以上の水量が流れていますが、可部から約60キロの中上流は極度に水量が少なくなっています。

 このことは本誌も創刊以来、本誌の顧問の渡康麿・元太田川漁協組合長らが問題にしてきたことですが、特に水内川との合流点の少し下流にある津伏堰の発電用取水で、本流の2/3の水が取水され、その水は導管を流れて間の平、太田川の2つの発電所で使われて太田川橋の下で一度に放流されていること。これが本来の太田川の景観を変え、アユの遡上、下降に大きく影響しているのです。

 また、津伏堰より上流でも5つのダムの影響で、水が少なく、
上流漁協の竹下政次組合長は「ダムなどの影響で、魚が減っている。アユだけでなくハヤやドジョウなどの姿が見えない。上流にまで来るカワウの食害もあるが…」と発言。(温井ダムでは夏季を中心に日量30tの試験放流を実施しているが、その効果は未確定)
 
水利権の許可申請

 河川の水の取水については一級河川では、取水者は国交大臣に申請し、許可を得る手続きが必要で、水力発電の場合30年毎(他の水利権は10年)に更新しますが、取水者は申請の前に他の水利用者と話し合い合意をとった上で申請することになっています。

 河川法第1条には「河川が適正に利用され、正常な機能が維持され、河川環境の整備保全されるための注漁が確保すること」が定められています。これが河川維持水量です。国交省では許可にあたって、取水予定量が取水地点で10年に1度の渇水年の渇水水量(1年の355日を下回らない流量)から維持水量と他の利用水量の合計を除いた範囲内で許可することになっています。

では河川の維持水量の内容は?舟運、漁業、観光、地下水保全また、流水の清潔度、塩害防止など夫々が必要とする漁の合計です。

 信濃川の調査などで全国の河川の事情に詳しい大熊教授によると現在、維持水量は昭和63年に国交省の通達でガイドラインとして流域面積100平方キロあたりの比流量は0.1〜0.3tとされているが全国的には維持水量が少ないということから0.3t以上にしている所が各地にあるという話。

 中電が委員会に提出した資料は、ガイドラインの上限0.3tになっており、津伏堰の毎秒維持水量は2.53tで、流域面積は(津伏堰より上流の集水面積)843平方km、100平方km当りにすると0.3tになりますが、会議の議論では季節によって必要な水量は変わるのだから、実行上のより詳細な取水量、放水量を提供してほしいという要望が各委員から出され、説明に当った中国電力代表者の玉井信也氏は要望に応えてデータを提供すると回答しました。
  
太田川は水力発電の川

 
大熊教授は、議論の中で「太田川は現状では水力発電のための川になっている」として日常の本流の流量を増やすことが必要と強調。当面、維持水量が決まっていない立岩、鱒溜ダムの取水許可申請の期限が平成21年と3年後に迫っており、この更新時に上流から維持水量を増やしていくこと、ポイントになる津伏堰の更新は平成31年で13年後になるがこの間、アユの遡上、下降期には試験放流をしてはどうか?将来はせめて現在の発電用取水と川の流量の比率2:1を1:1ぐらいにするのが適当と思うと提案しました。
また現在の中国電力の発電量で水力発電がどのくらいのシェアか、現在は火力発電の能力が高くなっているので、施設を改善して火力発電の量を1割伸ばす程度で、水力発電量がカバーできるのではないかと質問。
中国電力の玉井氏は「現在は、水力1割弱、原子力2割弱での頃の約7割が火力で、火力のうち4割は石炭であること。水力発電はCO2を出さない利点もある。今後は原子力に力を入れていく方向」と説明しました。

 
太田川漁協の栗栖組合長は、水量が少ないことと同時に水温がアユに多きに影響していることを指摘。このことは本誌でも繰り返し問題にしてきましたが、津伏堰で取水、導水管を通って、間の平、太田川両発電所で使用した水が太田川橋下で約25t/秒放流されるが、水温が本流より約5℃低いのです。栗栖氏は「これがアユの産卵、遡上に影響し、冷水病の原因にもなる。そこで間の平発電所で使った水を一部本流に戻し、太陽に当てて水温を上げることを、中電と話し合い試験的に行っている」と話しました。
 
ダムは利水安全を高める

 ダム問題について
上教授は「アユのことから考えると源流から広島湾までダムが一つもないことが理想だ」と発言、そういう生物の生態系を基礎にした視点に立つことの重要さを強調されましたが、一方では水道管理者の江郷道生氏は「太田川は短い川なので、降った水がすぐに海に流れてしまう。以前は3~4年に一度は渇水になり、取水制限をしなくてはならない状況が続いたが、温井ダムが出来てそれが10年に1度に、利水安全度が改善された。ダムによる水量減などもあるが、河川管理など総合的な視点で考える必要がある」と話しました。

 以上議論のポイントだけをご紹介しましたが、川の流量やダムの問題は、結局発電量や水道の使用量との兼ね合いになってきます。その点「要求するだけでなく市民自身が省エネや節水に努力しなければならない。発電と本流流量が2:1から1:1にした時、どれくらいの節電が必要か試算してみる必要もある」という中根教授の発言が注目されます。

 また、議論を通じて、広島市自体が太田川の恩恵を受けているし、海の環境保全は森林から始まることなどから、都市市民のパワーを如何に上流地域に活かすかというとが今後の課題であることが浮き彫りにされました。
 
未来の広島を描く内容を!

 秋葉市長は委員会の挨拶で、5つの注文を委員に要請しました。
それは@結論が先にあるようなお決まりの内容ではなく
   A市民の視点で提言を
   B結果が行政に採用できる行動できる提案を
   C理想論でなく現実的な提案を
   D科学的で客観性のある思考の集積を示して欲しい。
 歴史を踏まえ未来の広島を展望できる内容を、ということです。本誌維持会員でもある秋葉市長の太田川に寄せる思いがこめられた言葉です。

 これから3月末を一応の目標に佐々木委員長と専門の委員が報告書をまとめられます。秋葉市長の注文に応えてどのような報告書が出来るか、本誌も期待をこめて注視してまいります。
 
 
 
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