生態系・里山・里海


高瀬堰のはたらきは?

  〜160万人の飲み水と自動車、鉄鋼産業を支える〜

 2005年11月 第55号
 
 288万人、広島県民の半数以上約160万人の飲み水は太田川の水であり、それが高瀬堰から供給されていることは周知のこと。10月号でアユの仔魚降下のため高瀬堰の75%の水が試験放流されたのを取材して、通常高瀬堰がどのように運用されているのか全く知らないことに気付きました。そんな時、「高瀬堰完成30周年記念行事」が行われるというので早速、高瀬堰が果たしている機能やその運用について取材に出かけました。(篠原一郎)
 


完成30周年記念植樹と放流


 11月16日午前10時から、高瀬堰左岸の河川敷で堰の完成30周年の記念行事として記念植樹と近くの八木、真亀両幼稚園80名によるサツキマスの放流が行われました。記念植樹は、堰の水を利用している機関の代表、広島県企業局の中村博局長、広島市水道局の江郷道生局長、中国電力広島支社の森本幸雄支社長、太田川漁協の栗栖昭組合長と太田川河川事務所の水野雅光所長の5人によって高瀬堰をかたどってデザインした植え込みにキンメツケの苗木が植えられ、幼稚園児によって、春に黄色い花が咲くフィリフェラオーレアという植物が植えられました。そのあと太田川漁協が育てたサツキマス800尾を幼稚園児が放流しました。
 

3つの目的


 高瀬堰管理棟を訪ねて高瀬堰を管理されている太田川河川事務所管理第二課長、友沢晋一さんにお話をうかがいました。
高瀬堰は30年前、次の3つの目的で作られました。
@ここには太田川右岸の広島菜の産地、川内一帯の農業用水のための固定した取水堰があり、それが洪水時の水の流れの支障になっていたのを取り除いて可動堰を造り水の流れをよくすること、
A肥大化する都市の水利用に対応する水(飲料水、工業用水〜日量16万4000立方m)を貯水する、
B江の川水系「土師ダム」から日量30万t放出され、可部発電所で発電に使用した多量な水を調整して下流に流す。以上3つの目的を果たす為に堰のゲートを上げ下げして、貯水池の水量、水位を調整して下流に水を流すという多目的堰なのです。

 高瀬堰は長さ273m、ゲートの高さ5.5mで、両岸に魚が遡上するための魚道があり、左岸には、小さな船を通す「舟通し」が設置されています。この貯水池に一杯、貯水すると水位が標高13.65mになり、貯水量は17万8000立方mです。通常の運用では、水位は標高11.1m程度にしていますが、その貯水量は約43万tです。
 

10分間に1回
ゲートを自動調整


 管理棟では、上流の水系全体の雨量や水位などの情報が常時送られていて、その情報に基づいて10分間に1度、ゲートの操作は自動制御で行われ、人はそれを24時間体制で監視しています。ここの職員は4名、昼間は職員が交代で監視業務にあたりますが、夜間は委託された監視員が2名、一人は機械の監視に、一人は一晩に5回、堰の周辺を巡回するということです。

 ゲートは全部で左岸から1号〜6号まで、6号の脇に調整用のゲートがあります。通常は、1号ゲートの操作で放流しており、1秒間に約53立方m、1日に460万立法m放流しています。そしてその時々の放流の必要量に応じて順次、1号→6号→2号→5号というように、外側から中央に向けて開けていき、最後は全開の操作が行われるのだそうです。先日の14号台風による洪水時も機械による自動制御で行われ、手動によることはあまりないということです。
 

戸坂取水場も守備範囲


 基本的な考え方としては、渇水期には水を溜め、雨季にはゲートを開けて放流量を多くするのですが、ひどい渇水期には、下流にある戸坂取水場の需要に応じて関係機関の協議によって放水量を調整することもあります。戸坂の取水場は高瀬堰が完成する以前からあった施設のもので現在も運用されており、その水量の調整も役割の一つになっています。

 また、洪水時など、水を多量に流す際には、下流地域で、30分に30センチ以上増水する場合には5箇所に設置されている電光表示板で河川の状況を表示したり、警報所からサイレンと放送を行い、下流の人々に状況を知らせます。
 

高陽、八木2箇所から取水


 高瀬堰の水の利用は水道用水と工業用水、それに昔の高瀬井堰を使っていた川内一帯の農業用水と古川の維持用水です

 水道用水、工業用水は、左岸の高陽取水場、右岸の八木取水場の2箇所から取水。高陽取水場から取水した水は広島市水道局と県の企業局による「広島水道用水供給事業」と県の「太田川東部工業用水事業第2期事業」の3つの事業に利用されています。八木取水場の水は広島市水道局だけに利用されています(表参照)。

 表のように高瀬堰の水の利用は高陽、八木の2箇所の取水場であわせて日量42万6660立方m(平成16年実績)ということになります。高瀬堰に1日の放水量は約460万立方m(平成次10年間の平均)ということですから、土師ダムからの放水量30万立方mを除いても1日500万立方mに近い豊かな水が高瀬堰に流れていることになります。高瀬堰はこの豊かな水をゲートの操作によって水量、水位を調整し、安定的に水を供給する役割を果たしているのです。
 
 

海を越え大崎上島、倉橋島へ

 太田川を流れる豊かな水、それは年間雨量2400〜2600mmという中国地方でも最大の雨量をもたらしてくれる西中国山地の山林に源流をもつ太田川でこその豊かさなのでしょう。

 飲料水は、遠く瀬戸内海の倉橋島や大崎上島まで、海底に施設した導水管で送られます。台風などの被害で導水管が破壊されたこともあり、大崎上島には宮原浄水場から、島伝いのルートと瀬野川浄水場から竹原を経て海を渡るルートの2つのルートが確保されています。広島市水道局は1899(明治32)年給水を開始して以来107年、原爆、被爆時も含めて1度も断水したことのないことを誇りにしています。近年でも、平成6年の大渇水の際も断水せず、給水の時間制限でとどまりました。

 工業用水では、広島を代表する自動車のマツダや呉市の鉄鋼業に利用され、最近の半導体製造などでは水質の良さが要求されますが、こうした産業を支えているのも太田川です。
 

魚道のはららき


 このように高瀬堰は私達の命を支える太田川の水を毎日休みなく提供してくれていますが、川に棲む生物、魚にとっては棲みやすい環境とはいえません。特に海と川を行き来しながら育つアユやサツキマス、モクズガニなどは堰によって移動が遮られてしまいます。

 その対策として、左右両岸に魚道が設けられています。1975(昭和50)年当時としては最新式の自動制御によって、魚道を流れる水量を調整できる「起伏型鋼製ゲート」という方式を導入しています。太田川河川事務所では1995(平成7)年から7年間、毎年5月〜7月にどのような魚が魚道を使って遡上するか調査をしています。

 これによると9種類の魚の遡上が確認されています。川にすむ魚を研究されている古安市高校教諭の内藤順一さんはこの調査結果について「30年前当時は最新式の装置だったのだろうが、調査結果も遡上しているのはコイ科の遊泳魚が中心で、今、絶滅危惧種になっている底生魚のオヤニラミやアカザ、カジカは上っていないことを直視しなければいけない」と語ります。
 

鱒溜ダムでサツキマスの遡上確認


 魚道については太田川では、1992(平成4)年3月から当時の建設省と広島県が「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」を中国電力の協力も得て進められ、高瀬堰から上流に向かって戸河内の鱒溜ダムまで、17ヶ所ある取水堰や頭首工にそれぞれの条件にあった、5種類のタイプの魚道を設置、1998年(平成10)に完了しています。2000(平成12)年には河川環境の改善、復元に成果を上げた先導的プロジェクトとして土木学会「環境賞」を受賞しています。こうした対策によって、昨年の冬2月には、鱒溜ダムで、サツキマスの遡上が地元の人によって報告されています。高瀬堰の魚道以降、魚道の改良が進んでいるわけですが、このことについてはまた、改めて取材をしたいと思います。
 

魚の降下が課題


 このように魚道は魚が遡上するのに役立っているのですが、魚が降下するのには、役立っていません10月に行われた高瀬堰の水75%の放流も、孵化したアユの仔魚が堰の中に滞留しているのを降下させようとして行われたものです。孵化したばかりの仔魚は水から泳ぐというよりは、水の流れに乗って流れると思われます。先日の放流では堰のゲートを通常とは反対の右岸側の6号ゲートを開けて放流しましたが、これは高瀬堰の右岸側が深くなっていて、そこに仔魚が滞留しているのではないかという推定で、行われた処置だということです。

 このように魚道が魚の通る水筋に設けられればよいのですが、魚道は両岸に付けられています。内藤順一さんは「魚が泳いでいる水の層によってどうしてもゲートが壁になってぶつかり、降下できない。貯水池の底の深いところから放流口まで川底がなだらかなスロープ状になっていれば、肴も自然に流れに乗って降下できると思うが、ダムの方からすると土砂が溜まるのは嫌うから、出来ない」といいます。これから太田川の生物多様性を守り、生態系を保全する河川環境の改善にとって、魚の降下が当面の課題になっています。

 いずれにしても人間にとって利水、治水は必要なこと。それと自然環境をどう復元していくのか?どこにその両者n折り合いの接点を見出すのか?私たち自身が現状を学び、考え、議論をしていく必要があります。
 

【取材者コメント】
160万県民の飲料水とマツダなどに使う工業用水、あわせても日量約68万立方mで、太田川の放水量約500万立方mの13%にしかならない。意外な少なさに驚いた。皆さんはこの数字をどうご覧になりますか?
 
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