生態系・里山・里海


高瀬堰貯水池がカラッポに!

  〜アユ仔魚の降下試験放流〜

 2005年10月 第54号
 
 150万太田川市民の飲み水の貯水池、高瀬堰のゲートが10月20日と24日の深夜、開放され、貯留水の75%が放流されました。これは高瀬堰の上流でアユが産卵し、孵化した仔魚が海に下れず高瀬堰に滞留して死んでしまうということが、以前から太田川漁協などの関係者から指摘されていました。そこで、試験的に仔魚が降下する時期に合わせてゲートを開放し、貯水池にいる仔魚を流下させ、その効果を調査分析するという目的で行われたものです。この試験放流の模様を取材しました。(篠原一郎)
 

「太田川フォーラム」の提起が具体化

 太田川のアユは9月下旬から12月にかけて産卵し、孵化した仔魚は広島湾に下って、冬の間は海で育ち、翌年の3月〜4月に川を遡上し、25センチ程度に育つというのが本来のアユの姿です。産卵は下流の安佐大橋から安芸大橋にかkての瀬が主な産卵場ですが、高瀬堰上流でも産卵場があり、それが問題になっているのです。
 今回の試験放流調査は、9月に広島大学の主催で行われた「太田川フォーラム}でも問題が提起されて、さっそく実施の運びになったもの。実施主体は国交省太田川河川事務所で、それに広島県立水産海洋技術センター、広島大学、太田川漁協が連携して企画実施されました。
 
 
まずアユの放卵作業から

 試験放流に先立つ2日前の18日午後、高瀬堰の上流約2キロの三篠川と本流が合流する右岸で、アユの卵の放卵作業が行われました。

 竹原にある県栽培漁業センターで採卵された卵を繊維に付着させたものに重石をつけて、紐でつないだ網篭にいれていく作業です。この日は約640万の卵を放卵、推定孵化率は25%で、2〜3日後には約160万尾の4〜5ミリ程度の仔魚が流れに乗って下っていくはずです。

 この日に放卵した卵の系統は、呉市の黒瀬川下流で採取した天然アユを栽培漁業センターで繰り返し育てて3代目の親から採ったものです。仔魚は腹に卵黄を抱えていて、その栄養を摂取しながら海に下り、卵黄が摂取されつくす迄の3〜5日間に海に下り海のプランクトンを食べるようにならないと死んでしまうのです。

 また、この卵にはALC(アリザリン コンプレクソン)という蛍光物質の溶液に浸してあり、これが孵化した仔魚の頭にある耳石という器官にとりこまれて、捕獲してから蛍光顕微鏡でみると光るので、識別が可能になっています。

 県の水産海洋技術センターと太田川河川事務所、広島大学の8名の共同作業で放卵の作業は2時間程度で終わりました。この放卵は10月末日まで4回に亘って行われます。

都市用水供給に支障ない
夜間の放流


 高瀬堰は堰の長さが273m、高さが5.5m、長さ10mの6門のゲートと6mの調整ゲート、それに左右両岸に魚道があります。総貯水量は198万立方メートル、この75%程度を放流するのですから、これを取水している水道用水や工業用水に影響を与えないように、広島県の企業局、中国電力など関係機関との協力で、利用の少ない夜間に実施されました。

 放水量を増やすのは20日の22時から開始。堰の右岸端の6号ゲートを徐々に上げて、下流の川に急激な水位の変化を生じないよう、30分に最大30センチ上昇の原則を守って行われました。堤防沿いの5基の電工表示板には「最大50センチの増水がある」という注意表示が流され、車による巡視パトロールも行うなど慎重な対策が講じられています。堰の中の水位は21日の2時前後に最大低下し、通常より1.5m下がります。貯水池の水深3.3mの約半分の水が流されるわけです。その後開けていたゲートを徐々に閉めて貯水位を上昇させ、都市用水の供給に支障のないように通常に戻していきます。
 

30分間隔の仔魚採取調査


 この間20日の18時から翌朝の6時まで、流水と共に降下するアユの仔魚の捕獲調査が3箇所で行われました。

 放水される6号ゲートの直ぐ下は太田川河川事務所、安芸大橋の下左岸では、県の水産海洋技術センター、大柴水門の下左岸は広島大学、それぞれの担当メンバーが時間を決めてプランクトンネットという捕獲用の網を水中に入れて、降下する4〜5ミリのアユの仔魚を捕獲します。

 30分に1回5分間、網を流れの集まる水中に入れて引き上げ、かかったすべてのものをビンに入れて持ち帰り、放卵、孵化した仔魚か、太田川で育った親から生まれた仔魚か、などその数や特徴を顕微鏡で調べます。

プランクトンネットの口径は45センチと決まっており、流速計をつけていて、5分間にネットを流れた水量が測れるようにしてあるので、その水量に対して仔魚が何尾いたかを知り、それを基に川全体を流れる水量とそれに乗って降下する仔魚の全体の漁を計算するのです。

 採取したものを入れたビンに目を凝らすと、シラスに様な透明な仔魚が数十尾、肉眼で確認出来ました。調査を進める県水産海洋技術センターの工藤孝也研究員は、「持って帰って調べなければ分からないが、感触としては多い」と話していました。10月も下旬になると夜は風が冷たくなり、30分ごとの採取作業が3箇所で、翌朝まで休みなく続けられました。
天然遡上アユ復活へ
関係者協力の第一歩


 こうした捕獲調査は高瀬堰の通常の運用時にも合計4回実施され、そこから得られた結果と、20日と24日と2回行われた試験放水の時を比較し、放水によって仔魚の降下が増えることが確認されれば、更にアユの産卵、孵化と仔魚の降下の時期、時間の究明にあわせて、毎年、高瀬堰のゲート開閉を実施していこうというわけです。


 今回の試験放流は全国でも例のないこと。効果調査の結果が分かるのは、もう暫くかかりますが、「東京湾の多摩川では100万尾の仔魚が川に帰っている。広島湾は東京湾に負けている。なんとか、天然のアユが戻って来る川を復活させよう!」という9月の「太田川フォーラム」での呼びかけが実を結び、関係者の協力でその挑戦の第一歩が踏み出されたわけで、その成果が大いに期待されます。
 
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