連載 桑原一司さんの自然みて歩き3
 桑原一司

 2007年 8月 第76号
石ころ遊びの巻


 「石ころ」、なんとかわいくて自由な響きだろう。丸くて、小さくて、ころころ転がっていく自由があって。普段、あまりかえりみられることのない存在だけど、本当はくっきりした空間を占めて存在している。そんな石ころを手に取ると、どれも、一言では表現できない深みのある色や模様をしている。その深い味わいは、長い、長い、気の遠くなるような時間の経過が生み出したものだ。

 
空という呼び名もない・・♪
 海という呼び名もない・・♪
 遥か昔の出来事〜・・・♪
    (NHK「空へ」)
 
 

 石ころは生れる前は岩だった。岩は、生れる前はマグマだった。マグマは地球の内部で生れたが、地球は生れる前は宇宙のガスだった。宇宙のガスはビッグバンから生じている。ビッグバン(宇宙開闢・うちゅうかいびゃく)は150億年前のできごとである。今、手のひらに乗っている一つの石ころは、本当は150億年の歴史を秘めている。そして、それを眺めている私も150億年の歴史を経た存在なのです。
 
 
 私か生れた日があるように、石ころにも「誕生日」がある。石ころの誕生日は、岩が壊れて川を流れ始めた日だ。最初はみんな角のあるごつごつした岩のかけらだった。川を流れる間に、あちらにぶつかりこちらにぶつかり、そのたびに角が取れて丸くなった。だから、下流の石ほど角のない丸い石ころになっている。私は丸い石ころが好きだ。しかし、いくら丸くなっても真ん丸にはなれない石ころもある。チャートや黒曜石の石ころだ。数年前に友人から十勝のおみやげに黒曜石の石ころをもらった。真ん丸いボールのような形をしているのに、ところどころに小さな欠け目があって角がある。見かけは丸くても真ん丸になれないこの石ころは、なにか自分と似ていると、苦笑した。

 太田川の河原に行ってみよう。石ころ、ころ、ころ、いっぱいあるね。形も大きさも色合いも一つ一つがすべて違う石ころ。でも、よく見ると同じような模様、同じような色合い同じような形の石ころに仲間分けすることができる。

 白い石ころ(流紋岩、花崗閃緑岩、石英、チャート)、黒い石ころ(泥岩)、緑の石ころ(輝緑凝灰岩、緑泥片岩)、きらきら光る石ころ(結晶変岩)、赤い石ころ(カリ長石花崗岩、安山岩)、縞模様がある石ころ(結晶片岩、黒色片岩、チャート)、鉢巻をした石ころ(石英等の岩脈を含む石)、丸や四角の模様をもった石ころ(花崗斑岩、古生層変成岩類)など。

 石ころは流浪の身だが、みんな故郷を持っている。八木の河原の石ころたちの故郷は、太田川の源流から出る大きな支川を訪ねればだいたい判る。観察ポイントは各支川が太田川と合流する所の少し手前の河原だ。
 
 
 
 安野や宮野や八木の河原で拾った石ころのルーツが少しずつ判ってきた。黒い針状の結晶をもつ桃色の煉瓦のような石ころ(角閃石安山岩)は吉和冠山が故郷だ。見事に丸く磨かれている白地に細かい黒斑がある石ころ(閃緑岩や石英斑岩)は柴木川の出身だ。柴木川にある時は角ばった石だが、素質があるのだろう、八木の辺りでは見事に丸くなっている。

 桃色と白と黒の三色の大柄な斑紋のきれいな石ころ(カリ長石花崗岩・・桃色結晶はカリ長石、透明感がある白色結晶は石英、黒色結晶は黒雲母)と、さらに大きな桃色や白い長方形の結晶を含む石ころ(花崗斑岩)は加計の滝山川から流れてくる。これらの石は六千万年もの昔にマグマが上昇してきて地下のやや深い所でゆっくりと冷えて固まつた広島型花崗岩の代表選手、巨晶花崗岩だ。広島型花崗岩は日本で一番大きな花崗岩の塊(岩体)で直径200kmにも及ぶという。最後の恐竜が歩いていたかもしれない当時の地表は浸食により削られなくなり、現在は地下深くにあった花崗岩が地表に出ているというわけだ。カリ長石と石英と黒雲母の巨大結晶でできているこの美しい石ころは、数千メートルもの大地の隆起と浸食の歴史を秘めている。温井ダムの周辺に行けば、巨晶花崗岩の原石を拾うことができる。

 繊細で美しい石ころが多いのは水内川だ。きらきら光る縞模様の石(結晶片岩または黒色片岩)や湯来の青石として知られる緑色の石(輝緑凝灰岩や緑泥岩)は川井や松原の水内川の河原に堆積している。これらは昔の海底火山の爆発により海底に積もつだ火山灰が地圧で変性した変成岩だ。きらきら光るのは高温高圧の変性作用により再結晶した細かな石英や雲母だ。

 吉山川も粒々やしわのある複雑な模様をもつ特徴的な石ころを流し出している。それは一見化石のように見える古い泥岩や礫岩や粘板岩で、古生層変成岩類という。この石ころの故郷は沼田町や安佐町や湯来町だが、そう言うよりも南太平洋と言ったほうがいいかも知れない。2億年以上も前に現在の南太平洋の辺りに堆積した地層がプレートに押されて北上し、日本にぶつかって日本の一部になった。これを付加体という。この石ころの複雑なしわ模様は、まるでその時の軋轢を物語っているようだ。根の谷川にも古生層変成岩類があって、紫色の特徴的な石ころを見つけることができる。石ころから見た太田川、それは太田川を見る新しい視点かもしれない。太田川はもう知り尽くしたという人は、石ころを拾って遊んでみてはいかが?少なくとも2、3年は遊べると思う。
 

 石ころも理屈を言えばいくらでも深みにはまるが、理屈は抜きできれいな石を拾って遊ぶことが、これまた楽しい。つい夢中になって、無心の心境。いつの間にか小さなバケツが一杯になっている。どの石ころも魅力的で、みんな家に連れて帰りたいが、石ころはなぜか非協力的で、重くて結局ほとんど置いて帰ることになる。再会はないだろうと未練を残しながら家路につく。我が家にやって来てくれた石ころたちは夏になっても出しっぱなしのホームコタツの上に並べられ、代わる代わる撫でられたり、虫眼鏡を当てて見つめられたりしながら、鰹のたたきと一緒に歓迎会という名の晩酌に付き合わされることになる。ビールと石こ・・なかなか乙な取り合わせだ。たわいもない平和で幸せな時間が流れる・・。

 私は自然に丸くなった手のひらサイズの石ころが、なぜか?好きだ。優しい色合いの、つるつるした手触りのいい石ころを撫でていると、なんとも心が落ち着く。これはもう「石ころセラピー」だ。「石ころの詰め合わせ」作りも面白い。お気に入りの石ころを集めて菓子箱に入れ、オブジェにして飾る。気心の知れた友人への贈り物になるかも。でも、贈る相手を間違えては、せっかくの贈り物もおじゃん″相手は厳選のこと。

 石ころの楽しみ方にはいろいろあるが、水鉢にするのが一番だ。石ころは水に濡れると一段と色鮮やかになる。鉢にきれいな水を満たして石ころを入れると、どんな石ころも美しい。水盤の中に好きな色の石ころを入れて、床の間や玄関に、ちょっとした住まいのお洒落を楽しんではいかが?。といっても、床の開か物置になっている我が家では、水鉢が似合う空間はないけどね。
 
子どもたちに石ころの美しさに気付いてもらおうと、お気にいりの石ころたちを籐の籠に入れて安佐動物公園科学館の図書コーナーのテしブルに置いた。メンバーは花崗岩の四角君、緑泥片岩の緑ちゃん、結晶片岩の縞子ちゃん、アプライト(岩脈岩)のアース君、紺地に白い斑紋の絣ちゃん、花崗岩と閃緑岩の境界岩の半平ちゃんたちだ。アース君と絣ちゃんはすべすべした手触りの癒し系だ。もう2年も経つのに6個の石ころは欠けることなく健在だ。よく見てごらん。石ころは太田川からのメッセージ。「石ころ、ころころ、どこにもあるけど、みんな違って、みんないい。」平和の流れ、太田川。

 
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