太田川水系の生き物たち−昆虫− 2008年10月 第90号

(7)オオゴキブリ
〜おいらカブトムシ似でしょ?〜


 実は私…大のゴキブリマニアであります。多様な形態と色彩に魅力を感じ、南西諸島産の種を中心として、これまでに自ら採集したゴキブリコレクションは大型標本箱で10箱を数えます。顕微鏡の接眼レンズを通して見るかれらの何と美しいこと!ただし、家屋居住性種であるクロゴキブリとチャバネゴキブリに限り話は別で、「クサイ」「キモイ」ばかりか「標本ヲカジル」ことから大っ嫌い!私のようなゴキブリマニアでも室内に出没する「アブラムシ」に限っては受け入難いのですから、一般の方々がゴ午ブリ類を嫌うのは当然のことといえます。けれどゴキブリ類のほとんどは林床や葉上で生活をする屋外種で、家屋内に侵入して衛生害虫と見なされるのは、世界中に生息する約3700種のうちの2%程度に過ぎません。つまりゴキブリ類の代表格と思われている家屋居住性種は、実は少数派なのです。これまでに広島県からは、15種のゴキブリ類が記録されていますが、確実に在来種であると判断される7種のうち、家屋内に侵入するヤマトゴキブリを除く残りの6種はいずれも森や草地、湿地でひっそりと生きる屋外種です。生息地での個体数は決して少なくない彼らですが、行動が俊敏で夜行性であるため、よほど意識しない限り人がかれらの存在に気付くことはないでしょう。たとえ日本産ゴキブリ類のなかではヤエヤママダラゴキブリに次いで大きなオオゴキブリであってさえ、です。

 雌雄ともに体長が4cmを越える大型種であるにもかかわらず、オオゴ午ブリが人目に触れにくいのは、かれらが朽木の中にすんでいるからです。成虫は新たな朽木を求めて林床を徘徊することもありますが、そんな好機?に遭遇することはめったにありません。漆黒の外皮と前屈はとても頑丈で、特に前胸は鎧のように硬くなっています。また、脚には鋭い棘が生えています。まるでクワガタムシかカブトムシのような体のつくりは、朽木中のトンネル生活への適応であり、捕食を免れるための対抗策にもなっています。平時の動きはさほど俊敏ではありませんが、林床に落下すると素早く落ち葉の下に潜り込み、力強い前脚を使って腐葉土をかき分けて、あっという間に姿を消してしまいます。卵胎生で、メスは孵化した幼虫を産み落とします。幼虫は集団となり、時には成虫と一緒に生活をし、朽木を食べて成長します。木繊維の主成分であるセルロースを自ら分泌するセルラーゼと腸内バクテリアによって消化し、栄養分とすることができるのです。広島県では主に沿岸の平地から低山地、島嶼部に分布します。暖地性の種で、内陸部では冬越しに失敗したと思われる成虫の死体を朽木中に見出すことがあります。

 2007年8月中旬の夜、安芸太田町殿賀小学校の校庭で炭焼きをしていたときのことです。私の目の前に、翅を広げたオオゴキブリが突然落ちてきました。おそらく校庭にあるサクラの古木の洞にすんでいた成虫が、照明に誘われて樹上に登り、滑空を試みたのでしょう。オオゴキブリの分布が太田川を利用して殿賀に達している事実を知ったとともに、滑空を初めて確認することができた嬉しい夜のできごとでした。

 (写真・文 坂本充)
 
当ホームページ上の情報・画像等を許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます。