太田川水系の生き物たち−昆虫− 2006年12月 第68号

(2)シコクヒメコブハナカミキリ
〜カツラとともに生きる〜


 私と本種との出会いは、1986年8月上旬・四国徳島県の剣山山頂付近でのことでした。人づてに聞いた情報の通り、カツラの葉上にオスは静かに止まっていました。薄暗い沢筋での出会いは唐突であっけないものでしたが、柿色のエレガントな容姿は例えようもないほど美しく、ある種の威厳さえ感じさせるものでした。
コウチュウ目の中でもカミキリムシ類は昆虫愛好家の人気が高く、当時の私もその一人でした。そして、私が最も憧れたのが本種だったのです。ハナカミキリの仲間にも関わらず、めったに花を訪れない本種を採集することは極めて困難であり、めぐり合いは幸運に頼るしかありませんでした。往時、コレクターや在野の研究者の間で「人が近づくと敏感に察知して花から落ちるらしい!」といった流言さえ囁かれるほどの、いわゆる「幻の珍種」だった本種ですが、1980年代初頭には「カツラの老木のひこ生えに集まる」という生態が知られることとなり、やがて各地で発見が相次ぐようになりました。

 体長は9〜15mm、メスはオスよりやや大型、体色は黄褐色から暗褐色まで変異します。岐阜県以西の本州、四国、九州に分布し、広島県では中国山地の自然度の高い温帯林に限って生息しています。6月中旬~8月上旬に出現し、梅雨の頃が最盛期となります。晴天時より少量の降雨時のほうが多くの個体を見かけますが、これは本種が乾燥に弱いせいだと考えられます。
 メスはカツラの老木の樹皮下や樹皮上の苔の間に産卵しますが、幼虫が食べるのは生木の樹皮下や材部ではありません。孵化した幼虫は、根際の土中に潜って腐食物やカツラの根を食べているのです。つまりシコクヒメコブハナカミキリにとってカツラの老木は、その根際の土壌とそれらを取り巻く湿潤な環境と共に、存続に欠くことが出来ない唯一の寄主植物なのです。周辺環境の乾燥が原因で本種が発生しなくなったカツラの老木を私は何本も知っています。シコクヒメコブハナカミキリを育む環境とは、カツラが健やかに歳を重ねることが出来る湿潤な渓流環境であり、それは私たちが保全を願って止まない、太田川水系に残された豊かな自然環境そのものなのです。

(写真・文 坂本 充)
 
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