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 連載 どうして決まる?
「川の大きさ、ダムの大きさ 
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「超過確率1/200ってなんだろう?」〜その2
 
2007年 3月 第71号 浦田 伸一

1.何故2日雨量で計画したのだろう?

 前号では超過確率の概念と昭和50年の流量改定すなわち、「現工事実施基本計画」(略して「現工実」と記述します)策定の際に太田川の計画降雨量が396mm/2日(超過確率1/200)と決定されたことを説明しました。今回は「何故2日雨量で計画したのだろう?」ということを書いてみたいと思います。

 その前に、前号での私の記述に疑問を感じませんでしたか?前号で私はこう記述しました。

 「昭和50年の流量改定の契機とされた昭和47年洪水(玖村地点流量毎秒6800立方メートル)の流域平均2日雨量は309.1o/2日、つい最近太田川の最大雨量を更新した平成17年洪水(ダム調節後の玖村地点流量毎秒7200立方メートル・・河川の守備範囲ギリギリ)の流域平均2日雨量は239.8o/2日です。
 これらの洪水の2日雨量を1月19日に発表された「太田川水系河川整備基本方針 基本高水等に関する資料(案)」の超過確率図からそれぞれの2日雨量の生起確率を逆に読み取りますと昭和47年洪水が約1/50、平成17年洪水が約1/10となります。」

 …「あれ?」って思われませんか。そう!過去最大の観測流量毎秒7,200立方メートル(ダムカットがなければ毎秒8,000立方メートル)を更新した平成17年の2日雨量は239.8mm/2日足らずなのです。
 確認のために、過去の洪水の2日間雨量と太田川6派川分派前の最大流量の関係を図にしてみました。

 これらの図をご覧になっても2日間雨量と最大流量との関係が平成17年洪水(図中黒丸)は妙な位置にあるのがお分かりでしょうか?普通は雨量が増えるに従って流量も増えますよね?さて、これはいったいどういうことなのでしょう?次節で説明させていただく「対象降雨の継続時間」から紐解いてみましょう。
 
2.(計画)対象降雨の継続時間
 
 ここでいう「対象降雨の継続時間」とは、どれくらいの時間の長さ当たりの雨量をもって、河川計画立案の対象とするか?…ということです。(「現工実」の太田川では2日当たりの降雨量で計画されています。)

 この対象降雨の継続時間について、「河川砂防技術基準(計画編)」にはこう記述されています。

 「対象降雨の継続時間は、流域の大きさ、降雨の継続時間、降雨の原因(台風性、前線性)等を検討すると同時に、対象施設の種類を考慮して定めるべきである。しかしながら、必ずしもこの継続時間についての資料が得られるとは限らないので、統計解析等の理由からやむを得ず1日から3日を採用する場合が多い。しかしながら、洪水の流域最遠点からの到達時間が数時間であるような河川においては洪水のピーク流量に支配的な継続時間の降雨について別に検討する必要がある。」

 …要するに「1日〜3日を採用する場合が多いですよ。だけど、降った雨が下流に到達する時間が短い場合は注意して検討しましょう。」というわけです。

 実は、1月23日発表の「太田川水系河川整備基本方針 基本高水等に関する資料(案)」には「(太田川の)主な洪水の基準地点玖村地点における洪水到達時間は9~12時間である。」とあります。つまり、吉和の森の奥で降った雨が太田川の6派川分派前の地点に到達する時間は9~12時間ということです。「これに対して計画対象降雨が2日雨量というのはちょっと長いのでは?」という疑問が湧きませんか?

 ではここで、太田川河川事務所さんの平成17年洪水の速報(同事務所HP公表)に掲載されている2日雨量と日雨量の数値を用いて昭和47年洪水の雨と平成17年洪水の雨を比較してみましょう。


 ホラ!日雨量と最大流量の関係でみると、昭和47年洪水の位置と平成17年洪水の位置が逆転して、日雨量と最大流量の関係の方が正の相関になりましたよ!(正の相関とは、右上がりの相関関係、雨量が増えるほど最大流量が増えるという、納得のいく関係です。)

 残念なことにその他の洪水の日雨量が分からないので、2ポイントだけのグラフですが、太田川の場合は、先程示したように洪水の到達時間が9~12時間であることや、代表的な2洪水の日雨量と最大流量の関係を見る限り、「洪水の最大流量だけに焦点を当てる場合」には2日雨量よりも日雨量のほうが良さそうじゃありませんか?

 ではなぜ、2日雨量で計画されたのでしょうか?

 この鍵もこの本節の冒頭で示した「技術標準」の文言にあります。すなわち「対象降雨の継続時間は、…(中略)…を検討すると同時に、対象施設の種類を考慮して定めるべきである。」という部分。

 ここでいう対象施設とは?…そ、洪水貯留施設のことです。
 
3.洪水貯留施設の規模は最大流量からだけでは決められない

 「日雨量ではなく2日雨量で計画されたのか?」ということを考える上で、実はダム等洪水貯留施設の洪水調節容量の決め方と次節で示す日雨量の特性がポイントになります。本節では洪水調節容量を決定する上で「なぜ2日雨量なのか?」を考えます。

 たとえばあるダムを上流に計画するとした時、その貯水池には色々な流量波形の洪水が流入します。

 これもイメージですが、図-3に横軸に時間、縦軸にダム地点の流入量と放流量を示した図を2パターン示します。この図中にも示した通り、洪水調節に必要なダムの貯留量は「流入量−放流量」の時間換算(図中の塗りつぶした面積)で決定されます。

 前節からもお察しがつくかと思いますが、ある期間の降雨量が同じでも、その雨の降り方によって図-3のイメージのように洪水の最大流量は変わるのです。

 太田川の場合は2日雨量よりも、日雨量で計画した方が、雨量と最大流量の相関関係は良いかもしれません。

 ですが、ダムという施設を前提に考えた場合には、最大流量が大きい洪水の必要貯留量=ダムの必要容量とはならないのです。ある程度長い期間の雨量およびその雨量で発生する流量を考慮しないと、「造ったはいいけど、図-3のパターンAでしめしたようなダラダラ洪水ではダムが溢れてしまう」という可能性があるのです。

 特に、太田川における昭和50年の基本高水流量改定の契機となった昭和47年洪水はダラダラ洪水の典型なのです。(昭和47年洪水では降雨が2日以上に亘って継続しました。)

 そういった事を総合的に判断されて、日雨量ではなく、2日雨量で計画されたのだと思われます。
4.日雨量の特性(日界の存在)

 太田川水系の河川計画において、計画降雨量を日雨量ではなく2日雨量で決定したことについては、もう一つ理由があります。

 実は日雨量と24時間雨量は違うのです。

 「え?1日は24時間でしょう?」と大半の方は思われるでしょう。

 実は「現工実」を策定した頃の河川計画の分野において「日雨量」の定義は「日雨量=その日の午前9時〜翌日の午前9時までの降雨量」だったのです。(この午前9時を日界と言います。

 理由は昔に遡ります。今のように毎時のデータを各地点で記録できるようになったのは近年のことで、以前は、降雨量の調査を行う者の委嘱を受けた観測員(普通観測員)が、普通雨量計(直径20cmの円筒形の雨量計)を用いて、毎日9時(定時)に降水量の計測を目視で行っていたのです。(平成14年度改定の水文観測業務規程により、普通雨量観測は原則廃止となっています。)

 そのなごりで、河川計画で言う「日雨量」に日界はつい最近まで午前9時でした。(国土交通省では1996年すなわち平成8年に午前0時に変更されたそうです。ちなみに、気象庁はもう少し早く1964年すなわち昭和39年から日界を午前0時に変更したそうです。)

 さて、「現工実」において太田川の基本計画高水流量を定めた昭和50年当時に用いた「日雨量」の定義は、やはり「その日の午前9時〜翌日の午前9時」の雨量だったのです。すると…洪水の降雨がこの日界をまたいだ場合には、とっても不都合なことがおきます。

 例えば、「午前9時〜翌日の午後9時にかけて合計100mmn雨が均等に降った場合」を想像してみた下さい。24時間で100mm降ったはずの雨が河川計画で言う所の「日雨量」では午前9時の日界によって当日の50mmと翌日の50mmに分断されてしまうのです。

 ですので、日雨量の方が2日雨量よりも良い、とは一概には言えないのです。
  
5.次回予告

 今号では少し「なぜ2日雨量で決めたの?」ということにこだわってみました。少しでもご理解いただけたでしょうか?

 最近では時間ごとの雨量データが蓄積されつつあるので、将来的には各洪水の24時間最大雨量とか48時間最大雨量を用いて計画することもあり得るかも知れませんが、「現工実」策定の段階では2日雨量で計画することがベストだったと言えると筆者は考えます。(今後の将来計画においてこのまま踏襲するのが良いかどうかは別の議論ですが。)

 次号では「雨量から実際の河川整備や洪水調節整備の計画に必要な流量へはどうやって変換したの?」という部分を書いてみたいと思っています。

 
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