ツキノワグマは体長約、1.3m、体重70〜100kg、日本の代表的な森林に生息する大型哺乳類です。日本のような先進国にあってツキノワグような大型獣の存在は貴重です。しかし、太田川流域においては、ツキノワグマと人間の関係は必ずしも良好とはいえない状態です。
西中国山地におけるツキノワグマは1950年代ころまで、一般の人はほとんど目にすることはなく、クマ撃ち専門の猟師が恐羅漢や三段峡の奥で狩猟しているくらいでした。この頃はツキノワグマの胆嚢が「熊の胆」として高価に取引されていたので、狩猟熱が高かったためです。また、ツキノワグマの生息環境である森林も今日ほど広範には見られませんでした。昭和叨期の写真を見ると、森林が少ないことがわかります。これは、民家周辺の山林が「採草地」として利用され、ほとんど草原状態で放牧や採草が行われていたためです。
ところが、1960年代になると状況がしだいに変わってきました。高度経済成長に伴う化学肥料の出現により、採草地が放棄され、スギやヒノキなどが植林され始めました。しかし、人手不足や材価の低下などにより、そのような植林地は放置され、藪化するようになりました。このような日当たりのよい林縁部はキイチゴ類、イタドリ、シシウド、フキ、マタタビ、サルナシ、アケビ、昆虫類など、ツキノワグマの餌となる動植物の生産性が高くなります。さらに、その林縁部は隣接した農耕地に栽培されているトウモロコシ、イネ、リンゴ、ブドウなどの作物や、民家のそばに捨てられた残飯や家畜の飼料などに近づく時に身を隠すのに役立っており、民家周辺でのツキノワグマの個体数維持に寄与しています。
ツキノワグマをはじめとして、キツネ、タヌキなどの食肉類は環境の変化に対する適応力があり、人間の活動をたくみに利用して生活しています。林縁部を利用して個体数を増やしているもう一つの大型獣はイノシシです。太田川流域ではツキノワグマとならんでイノシシにも悩まされており、両種とも有害駆除の対象となっています。このように、人間の経済活動の変化に対応して数を増やした大型獣を駆除するのは好ましい姿ではありません。
そこで、最近はイノシシやツキノワグマとの棲み分けを図るために、民家周辺の藪を20〜30mにわたって刈り払い、これらの大型獣が民家に近寄らないための「緩衝帯」を作る取り組みが長野県や島根県で行われるようになりました。広島県でも今年から北広島町の溝口地ぼで緩所帯づくりが始まりました。雨の多い日本は放っておくとアッという間に森林になってしまいます。「緩衝帯」の維持には多くの人手を要します。緩衝帯に生育する草を堆肥にするなどして、経済的にも見合うような仕組み作りが必要です。また、民家周辺で生活していたツキノワグマを本来の生息地である奥山に返すために、奥山のスギ、ヒノキの造林地を針葉樹と落葉広葉寿の混交林にすることも合わせて行う必要があります。そのような収り組みがツキノワグマのような森林性の大型獣との共存につながることでしょう。 |