カメムシ注意報   牧江由太 2007年11月 第79号


 三次市でもあちこちでサクラやサツキの開花の便りを聞いたこの秋。遅くまで続いた暑さも、ようやく収まり、山々の紅葉もずいぶん進んできた。例年並みの寒さを取り戻しつつあるなか、広島県北の住民の間でまことしやかにこだましている噂がある。

 「今年は雪が多いよ」

 根拠は、茶色でちょっといかつい風貌の臭〜いヤツ。カメムシが例年よりも目立つのだ。どうしたら入り込めるのかという窓サッシの隙間に2匹、洗濯物のシャツの裾に1匹、ブウーンと蛍光灯の灯りに踊らされている1匹…。先日お邪魔した三次市布野町のお宅には、一つのガラス窓に十数匹がくっついていて、さすがにびっくりした。稲について斑点米の原因になるような種類とは違うのだろうが、気持ちのいいものではない。

 だから、この秋は「『はっとーじ』(カメムシの方言)が多いですよね」があいさつ代わり。返されるのが「大雪になるよ」なのである。記録的な大雪に見舞われた2年前のシーズンは、不覚にもカメムシの発生量を記憶していないが、人に聞くには、かなりのカメムシが出現したらしい。

 科学的な理由は分からない。雪深い寒い冬を本能で察知して、秋のうちに暖かい家屋の中に侵入してくるのでないかと言われている。この原稿を書いている11月18日、天気予報では山沿いで早くも降雪の可能性を伝えており、カメムシ注意報も現実味を帯びてきた。


 カメムシには、実は小さい時からなじみがある。京都府北部の田舎まちにあるわが家は、巣窟と言っていいほど毎年大発生するのだ。むこうでは「かいどう」と呼んでいた。今ではだいぶん技能が落ちたが、あの臭いを出させずに処分するのはお手の物だった。

 一番困っだのは、むやみやたらに灯りに突き進むこと。低い飛翔音で回転するように飛び、蛍光灯にゴツンとぶつかる。円形の蛍光灯を収めるフードの中に入った日には、ブウーン、ゴツン、ブウーン、ゴツンとうるさくてしようがない。

 受験生のころに、これをやられるとたまったものじゃなかった。数学の問題が解けないのは、「かいどう」のせいだと本気で思った。でも今考えると、少々の音に動じない能力を身に付けたから、なんとか大学にも合格できたのかなとも思う。

 昆虫図鑑やホームページで調べると、カメムシはスギやヒノ牛の針葉樹林に好んで生息するそうだ。スギやヒノキの球花という丸い実が好物なのだという。花が多いとカメムシも多くなるというわけである。

 思えば、我が実家は、まさにスギの植林の中に建つた小さな住宅地。三次市もヒノキの植林が多い。そうか! スギやヒノキは僕を花粉で懲らしめるだけでなく、カメムシの温床にもなっていたのだ。翌春は、花粉もすごいことになるのかもしれない。おそろしい。

 それで例の臭いは、外敵から身を守る手段に加えて、仲間に危険を知らせる「警報」の役割を果たしているらしい。カメムシの群れのなかで1匹が臭いを発すると、たちまちのうちに周辺のカメムシが逃げ出すのだそうだ。せまい容器に閉じこめると、自分の臭いで自爆することもあるという強烈なフェロモンなのだ。

 小さな虫だけど、人間にいろんな情報を与え、警鐘を鳴らしてくれているのかもしれない。カメムシの地方名の多さが、それを物語る。この際、ちょっと紹介してみる。「へっこきむし」「へくさ」「くさむし」は、ずばり臭いの特徴。「おひめさん」「ええにょーぼ」「じょろさん」などは、すまし顔できついひと言(あるいは屁?)を浴びせる女性に着想を得だのかな。

 ほかにも「おが」「かいどう」「きょんとの」「じゃぐ」「はっとーじ」「ふむし」…。こうなるとさすがに意味も由来も想像できない。でも、地方に寄って呼び方が違うのは、それだけで興味をそそられるではないか。地方独特の名前を伝え続けていくことも、自然との上手なつきあいには欠かせないのだと思う。



 さてさて、今年のカメムシ予報は雪が多め。ほどほどにしてほしいなというのが本音だが、この夏秋の猛暑の帳尻を合わすのなら大雪でも当然のような気もしてくる。冬用タイヤは早めに準備しておこう。カマキリが卵を産む位置で雪の深さが分かるともいうが、探してみようか。これからは、虫たちの声に耳を傾けて季節に敏感になりたい。カメムシの臭いは嗅ぎたくないが・…

 虫や植物と、気候や天変地異の関係についての言い伝えを、ご存じでしたら教えてください。
 
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