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太田川聞き廻りの記 その十五

 懐かしき可部の街 商家の袖卯達 その二
三十年前を眺める
2007年11月 第79号

 ◆様々なデザイン

 前回に続いてもう少し袖壁の特色ある例を取り上げてみよう。上部は雲形の曲線模様でその下は直線になっているものが多いが、なかには全体が曲線のものもある。前回、曲線ばかりの大胆な模様として山陽印刷、住岡クリーニング、和田無線の例を出したが、他にも左の写真のようなものもある。何かをイメージしているのか、見方によっては神秘的とも言えるのでは? (浜田家・上市西側)

 袖のほぼ中央に上下を分けるような格好で横線模様が入っているものが多い。上の二つはその中でも特にすっきりした例と言える。
(竹本家・下之町西。小川家・四丁目西。)


 同じ中央部からし下に分けたデザインでもさらに他の要素を入れたものでは木原家・一丁目東のがある。(左写真)
これになると、見る人によって感じ方が分かれるかも知れない。
 
 これに対して反対にシンプルなところが売り物と言うべきか、砂屋敷家・上市西の壁。
上に雲形がある他は全体が白ですっきりしている。
  変わったものでは次の二つ。まず上市東の筒瀬家のもの。二軒が接していて、右側は坂本家でこれは中央に模様がある一般的なタイプだが、それに接した左側は筒瀬家の袖壁。その下の部分に随分写実的に二輪の花が浮き彫りされている。椿か牡丹か、まさかバラではないかも知れないが、よく見ねば花の種類も判りそうである。

 その次のは仲本家で一丁目の街道筋より西に入る。雄鶏の姿かとも見える象徴的な絵が白い漆喰の端に黒々と描かねている。
 
◆和風からの脱出
 ここで右の写貞をご覧贖きたい。昭和49年当時の四丁目である。右端は朝日新開店と並んだお好み焼旭屋で、これはプロパンガスがλにある他は従来のままである。次のリッカーミシン店は一階表を少し改造し、―階が全く見えないほどの高さまで看板を上げている。その向こうは車庫が出来。四軒目は喫茶嵯峨で大きな改造はないが二階に看板を上げているので、正面からは二階は見えない。五軒目は銀行として建てたビルで、銀行が廃となって行貞茶舗が大っていた。このように銀行とか企業が入った建物は別として、従来の個人の商店では表見世を改造するとか、二階を隠すような大きな看板を上げて旧来のイメージを変えようと試みた。しかし中には佐伯雑貨店、深田金物店などのように和式を守り続けた店もあった。
 


(左は佐伯雑貨)
 また下之町のヒノムラ呉服店の場合は、旧来の中二階・袖卯建を生かしながら表見世を和風に改造して対抗していた。これは京染という仕事がそうさせたということでもあろうが、和風でありながら現代風をとり入れたデザインが印象的であった。(左写真)
 ◆活動する商店も・・


 現在、可部の街は三十年前とは大きく変わった。経済的変化、産業界の推移などからの人々の価値観の変貌、道路の拡張による住居の移動など:内容は様々あろう。ここでは一つだけ、三十年前(上段写真)と同じ場所に同じ家が並んでいる(下段の写真)とを比較の目的で取り出してみた。(一番手前は竹本店。一番奥は白石眼科のビル。)同じ場所だが同じでないところをゆっくりご覧頂きますよう。
 
幸田光温
 
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