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太田川の伝説@ エンコウを攻める勇者〜安芸太田町・光石〜 |
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郷土史家 西藤義邦
2008年 7月 第87号 |
人々の暮らしと共に太古の昔から絶え間なく流れる太田川。
川とともに生きる流域の人々の想像=川にまつわるイメージは、現世を越えて様々な物語を生み、語り継がれています。
これから数回にわたって太田川流域に伝わる伝説を安芸太田町文化財保護委員長の西藤義邦さんに紹介していただきます。(編集部) |
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カッパ・エンコウ・カワウソ
子供の頃、夏、太田川で泳ぎながら、「エンコウとカッパは同じでー」「いや違うよー」とよく言い争ったものです。とにかく言い負かしたこともありましたが、実は両者の異同などは今もって分からない。そこヘカワウソ(川獺)が割り込んできたりして、議論はいつもウヤムヤで終わってしまっていました。いま表題の話をしようとして、そんなことを思い出しています。結局、どちらも水陸両用生、頭上の皿に水さえあれば陸上でも強力で、生きものを川に引き入れて生き血を吸うところから、エンコウとカッパは同じ種に属すると見てよさそうです。
では、第三の動物、カワウソはどうでしよう。人を化かすという話が各地にあり、「アユなどの獲物を供える川天狗というのも正体はカワウソらしい」とものの本にあります。また一説にカッパはカワウソが進化したものとか。そういえば芥川の小説「河童」では、カッパとカワウソが戦争するんでしたっけー。
どうも、話がややこしくなりかけています。分類学はやめにして、お話に戻りましよ
この伝説は江戸後期の坪野村の地誌に、枝郷である光石の旧家、即ち勝治と利平太、両家の先祖語り、としてあるものです。なお、敵役のエンコウは文中に、なぜか「猿猴(サルの総称)」の字をあててあります。以下に要約を紹介しましよう。
光石のシンボル 三叉の大岩
ここ光石郷の沖は太田川の清流で、その渕に水から上が三つに分かれた、巨大な岩が座っていました。この岩の呼び名から、この地を「三ッ石→光石」と言うようになったそうです。(異論もありますが、それは別の機会に−)
勝治の先祖は森川何某といい、利平太の先祖は市川某といったようですが、当地はどの家でも、何事も古風を守って暮らし、質素を旨としていました。何しろ、勝治と利平太の先祖は、毛利公の配下で度々戦場へ出ており、天文年間(16世紀前半)の吉和の戦いでは、旧記と刀を拝領しています。(この旧記とは、多分、光石六郎左衛門の武功に対する、毛利元就、隆元の感状のことで、江戸後期の写しが現存する)光石郷は古来、勇者を輩出する、人柄無骨にして実直な土地柄というわけです。
馬を捕るエンコウ
さて、昔むかし、先の三ツ石の深淵、千ヒ囗の水底にエンコウが住んでいました。ある日、利平太の先祖の某が馬を河原に繋いで置いたところ、なんとエンコウが馬を捕ろうと、手綱を手に巻いて川に引き込もうとするではありませんか。
ところが、馬が跳ねた拍子にエンコウの頭の皿から水がこぼれたのです。すると、エンコウはたちまち力の術を失ってしまい、馬はそのまま駄屋に逃げ帰りました。
そこで、家のものが、大切な馬に飼葉を与えようと駄屋へ行くと、そこに何やら異形のものがいるではありませんか。
悲鳴を聞いた主人が駆けつけます。「憎きものかな、こやつ斬り殺し、エンコウの一族を残らず退治せん」と拝領の脇差しを引き抜いたが取り逃がします。
水底城ヘエンコク退治
かくなる上は、エンコウの水底城へ乗り込む決意です。「エンコウは肛門を抜く」といいますが、鉄気のものが大の苦手なので、某は用心のためケツに茶釜の蓋をつけ、背には例の名刀を斜めに負うた勇ましい出で立ちです。
もとより水練の達者ですから、たちまち三ツ石の水底にエンコウの城を発見しました。近づいてみるとなんと広大な構えです。しかし、エンコウは白髪の老婆に化けて、苧蒸し桶にすがってやっとたっていました。市川某か大音声で宣告します。
「おのれら、この川筋で悪事を働くとは不届き至極なり。眷属残らず皆殺しにせんI」
すると老婆が訴えます。
「われは、エンコウの母なりしが、子どもは残らず方々へ働きにでております。皆の者へは、このことをよく言いつけて、太田川では今後悪いことはしません。これから、石州の江の川へ引っ越そうと思います。それが証拠に、この場所は渕を浅瀬に変えてしまいます。なにぶんお許しくだされ」
渕が埋もれた!
懸命に命乞いをして、誓いまで立てるので、某はエンコウを許してやりました。すると明くる朝、わが門前に苧蒸し桶にアユを沢山入れて置いてあるではありませんか。その後、洪水があって、三ツ石の渕は、約束どおり埋もれてしまい、わずか三ヒ囗ばかりの水底になったということです。
蛇足ながら、筆者思うに、エンコウもカッパも、川遊びにおける一種の警告でしょう。浅瀬に思いがない深みがあったり、渕の水は予想外に冷たかったりで、不測の水事故が起こるから川をなめたらいけない。危険だと、妖怪に姿を借りて教えているのですネ。何という気持ちの豊かな時代なのでしょう。川漁に行って出会う大入道などの怪異は、カワウソのいたずらといいますが、どうか一辺出会ってみたいものです。
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