ツ抜けが厳しい
最近、友釣りの釣果を聞かれると「う〜ん」と唸ることが多い。釣り師の隠語で10匹以上釣れた時をツ抜けという。賢い読者の皆様はその意味がお分かりになると思うが。私か唸るのはそのツ抜けが厳しい時が多い。先日は調査の下見を兼ねて三次市内の西城川へ遠征したのであるが、朝の9時には気温が30度を超え、水温も26度に達している。ジリジリと照りつける太陽にエアコンに慣れた体は悲鳴をあげ、アユの方もこの暑さに閉口しているのかちっとも追ってこない。とうとう12時には水温も30度になり、オトリのアユも急速に泳がなくなった。このような時は、無理をせずアユを休めるのが常道であるので、少し深いところにオトリ缶を沈めて休むことにした。さて、再開しようとオトリ缶を開けてみると、しっかり体力を回復したはずのアユがすべてバテてしまっている。真夏の釣りでは時々こういうことが起きる。バテるのは人間ばかりではないのである。アユが釣れないのを暑さのせいにしたいが、こんな時でも上手な人はツ抜けをやってのける。そこで、釣果を聞かれた時には冒頭のように唸ってしまうのである。ただ、昼はかんかん照りで夕方には雷鳴が轟き、川行きを躊躇させられるような日でも通用する秘策を最近編み出した。興味のある方にはこっそりお教えしよう。
太田川アユの産卵期
太田川のアユは10月から11月頃に卵を産むものが多い。多いと言ったのはそれ以外の時期にも卵を産むものがいるということで、調べてみると9月中旬から12月まで産卵するようである。多くの魚は産卵後の世話をしない代わりに沢山の卵を産む。アユの場合は20センチの親が約10万粒の卵を産む。次の世代を残すには最低2尾の雌雄が親まで生き残れば良い。つまり0・002パーセントが生き残れば良い計算で、1パーセントも生き残れば川はアユで埋め尽くされてしまうことになる。10月から11月はその生き残る確率が最も高いと考えるが妥当であろう。では、9月や12月に産んだアユの卵はどうなるのか?
最近は、アユの頭の中にある耳石とういものを解析することで、誕生日を推測することが可能となった。アユの頭の中にある耳石には孵化と同時に木の年輪のように日輪が刻まれるので、頭の中から耳石を取り出し、顕微鏡で日輪を数えれば孵化してから何日経過したかがわかる。海で獲れた稚魚や遡上途中のアユの耳石からその孵化した月日を割り出してみると、9月や1月生まれもわずかながら出現してくる。注意しておきたいのは、水温が下がると卵は孵化まで日数がかかるので、1月に生まれたものは12月に産卵されたものと推測できることである。以前に太田川の発電による冷水の放水でアユが産卵時期を勘違いして早めに産卵し、卵は孵化しても生き残らないだろうという説があったが、その通りとは言い切れない結果となった。
耳石のミラクル
耳石が研究対象として注目されているのは、先はどの日輪が刻まれていることのほか、微量な元素などもカルシウムとともに取り込まれることである。例えばストロンチウムという微量元素は淡水中に1/100しか存在しないので、耳石の中のストロンチウムとカルシウムの比を調べれば、ICタグのように海に棲んでいた時期や川へ遡上してきた時期までわかる。この研究は釣りバカで有名な広島大学の海野徹也助教授らが県内のアユで調べて、天然産や琵琶湖産の区別が可能なことを示している。筆者も数年間に太田川で釣ったアユの頭だけを送って鑑定してもらったことがあるが、その時のアユはすべて人工産という結論であった。
逆に微量元素が取り込まれるのなら、人工的に取り込ませようという研究も進んでいる。元素ではないが、蛍光を発する物質を溶かした海水でアユを1日程度飼育すると、耳石が蛍光を発するようになる。数日たってから耳石を取り出して特殊な顕微鏡で見ると、処理した日の日輪が土星の輪のように光って見える。この技術は魚に傷をつけない標識の方法として重宝され、今やマクロからウナギまであらゆる魚に応用されている。
もし、アユを食べる機会があれば頭の中から耳石を取り出して見てみよう。この中に色々な情報が隠されていることを想像すると楽しい。但し、食べられるサイズに成長したアユの耳石はカルシウム分が多いので薄く研磨しないと日輪は確認できない。この研磨作業、1匹や2匹ならどういうことはないが100尾とかになると気が滅入ってしまうこととなる。
秘策伝授
さて、今回は耳石の話となってしまったが、言いたかったことは、1年しか生きないアユだが、群全体で考えれば年の3分の1、4ヶ月も産卵期にあてているしたたかさである。次回は海に下ったアユの生態に迫ってみたい。なお、最後まで読んでいただいた御礼として冒頭のアユ釣の秘策を授けよう。それはずばり橋の下である。すべての橋の下が通用する訳ではないが、炎天の日中は橋の下で釣って過ごし釣れなければ寝てもいい。夕方になっておもむろに瀬に向かうのである。雷が鳴って避雷針のようなアユ竿を持っていても、突然の夕立が降ろうとも橋の下は万全なのである。
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