水産研究部長のアユ四方山話
本誌編集部 安江 浩
2008年 7月 第87号


 
はじめに

 45歳でアユの友釣りに目覚めて10余年、アユに惚れこみ寝ても覚めてもアユのことばかり考えているうちに、願いが通じたのか水産試験場に転勤になった。ここでは、アユの冷水病に関する研究と太田川で天然遡上を復活させる研究が行われていた。

 アユを対象とした研究テーマは多い。それだけアユが日本人に身近で関心のある魚の証拠である。そんなに親しまれ知られているアユのはずだが、天然のアユに触れることは意外に難しい。趣味で始めた友釣りとともに水産試験場(現在総合技術研究所水産海洋技術センター)で見聞きしたアユの話をお届けしたい。

 
全国一のアユがうまい川

 5月の連休に女房を誘って高知県の馬路村へ行ってきた。柚子の里として過疎の村おこしに成功し全国に有名になったのでご存知の方も多いかと思うが、実はもう一つの目的が私にはあった。その目的とは馬路村を流れる安田川をこの目で見ることであった。

 冒頭から何の話かと訝る向きもあるかと思うが、安田川は友釣り師にとって知る人ぞ知る川なのである。毎年、9月に全国で一番うまい鮎の川を決めるユニークな大会がある。高知県友釣り連盟が主催するその名も「きき鮎会」、全国の40以上の河川から自慢のアユが3000尾以上も集められ、厳正な審査の結果、毎年グランプリ、準グランプリが決まる。

 広島県からもアユの釣り針会社「マルト」の大田博文社長のご尽力で太田川の支流である水内川が、平成15年に、平成16年には太田川本流が、それぞれ準グランプリを獲得している。しかし、10回を数えるその歴史の中で、安田川は2回も超難関のグランプリに輝いているのである。

 
うまいアユを育む川の条件

 日本一のうまいアユを育む川とはどんな川か?一度見てみたい。数年前から思いが実現したのである。

 安田川は源流を馬路村に発し、安田町で土佐湾に注ぐ全長30qのどちらかといえば小河川である。もちろん流域にダムはない。周りは森林で平地が少なく渓流相のまま海へ注いでいる。さらにいえば、流域に集落がなく最大の集落である馬路村の人口は1,000人程度である。これから、うまいアユを育てる川の条件が見えてくる。

 @ダムがない
 A周囲の森が豊か
 B水量と適度な水流がある
 C瀬と淵が交互にあって川底は浮石が多い
 D川とともに暮らす住民がいる。

 @については敢えて解説しない。
 AとBは密接な関係がある。大雨より平水時にどれだけ水が流れているかで川の価値が決まる気がする。水が多ければアユの餌となる付着藻類が繁茂する面積が増える。適度な流速はアユの体を引き締める。
 Cも重要で、白泡が渦巻く瀬は餌場、深い淵は休憩場、たまの出水で石が転がると新しい藻類が繁茂してくる。アユは新鮮な餌が大好きで思わぬ大釣りをするのもこういう時だ。
 Dについては関係がない、と思われるかもしれないが、ひょっとすると一番大切なことではないかと最近思うようになってきた。

 
川の良さは見てわかる

 川の価値を調べるのに、一般的にはBODや一般細菌(大腸菌)数など水質が指標として使われている。より簡便な方法として水生昆虫の種類と量を調べる方法もある。最近では、魚以外の植物や鳥なども含めて総合的に評価していく試みも行われているようだ。科学的にはそういうことなのだが、友釣りを長くやっていると川を見る能力が発達してくる。

 初心者の頃はまさに試行錯誤の連続であるが、釣れた時の印象はいつまでも経っても忘れない。そんな経験が積み重なってくると川をひと目みただけで、これは良い川だと感じとれるようになる。

 私の場合は5年以上かかったが、何時であったか「環・太田川」のシンポジウムで、水博士の広島国際学院大学の佐々木健教授が川漁師の(本誌顧問・元太田川漁協組合長)の渡康磨氏に良い川とはどんな川かと聞いたことがあった。そのときの答えは「見ればわかる」のひとことであり、皆が唖然とし、納得させられた瞬間であった。

 高度成長期以降、河川改修や学校にプールが整備されて、大人も子供も川から遠ざけられてしまった。川が生活の一部でなくなると急速に川への関心は薄れるようである。支流を含めて太田川沿いの人口は決して少なくはないが、今「見ればわかる」人が何人いるのだろうか?

 
アユはそこにいた

 さて、うまいアユが住む川の条件は皆さんもお分かりになったと思うが、アユの住める川と住めない川の条件はいかがなものであろうか?

 私が広島市から借りている市民菜園の脇を小さな川が流れている。佐伯区を流れる八幡川の支流で石内川といい深いところでも30センチくらいしかない。

 ある日、橋の上から何気なく川面を見ているとアユらしき魚が泳いでいるのが目に留まった。目を凝らしてみると間違いなくアユである。町中のお世辞でもきれいといえない川にもアユはいた。

 アユは清流に住むものと先入観があったため、アユがそこにいても全く見えなかったのである。以来、この川のアユを観察し続けて数年になるが、毎年4月に出現し11月には姿が見えなくなる。

 八幡川には漁業権がないので漁業組合がアユを放流することはないが、広島市が市民サービスのために、魚切ダムの上下で毎年放流を行っている。最初はそのアユが紛れ込んだのかと思っていたが、毎年、視認できるのは放流以前であり間違いなく天然遡上したアユといえる。

 いろいろな河川で状況証拠を集めていくと、広島県ではアユが生息しない川は少なく、以前のように水質の悪化でアユが住めない川はないようだ。但し、この川も少し支流に入ると3面張りのコンクリートでとてもアユが住める環境でなくなる。

 清流の代表と例えられるアユではあるが、どのような環境にも結構したたかに生きる姿も見てきた。次回はアユの素顔にもう少し迫ってみたい。

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築地市場で最高評価!太田川のアユ」

 地元広島から、東京の築地市場や高級料亭にアユを出荷している(有)八千代水産のお話では、太田川のアユは築地市場では最高級の評価を受け、最高値で取引される全国ブランドになっているそうです。アユ漁には、鵜飼い・網・簗・コロガシ釣りなど多くありますが、八千代水産では最も美味しい天然鮎(一番鮎と呼ばれる)が獲れる漁法「友釣り」によるものだけを扱い「池締め」と呼ばれる独特の絞め方をした後、氷詰めのチルド状態で発送。1kg15000〜16000円の値がつくということです。最近では八千代水産ではネット販売も始めており、10尾セット(サイズにより尾数は異なる)で13000円で販売しています。(編集部)
 

 
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