太田川水系の生き物たち−淡水動物−

(1)カワシンジュガイ T  〜氷河期の生き証人〜

カワシンジュガイ
 1986年6月、太田川の最上流域である北広島町芸北地域で、すでに絶滅したと考えられていたカワシンジュガイ33個体が発見されました。水田の基盤整備事業を行っていたとき、農業用水路より発見されたものです。
この地方ではカワシンジュガイのことを川底に突き刺さるように生息していることから「立ちっ貝」と呼んでいました。60〜70年前にはたくさんいたようですが、全国各地で天然記念物に指定されている淡水二枚貝です。
しかし、このカワシンジュガイがどこにでもいるという貝ではありません。広島県では大竹市を流れる小瀬川の中流域、廿日市市吉和と北広島町を流れる太田川の上流域、備北地方の帝釈川にしか生息しておりません。また、山陰側では島根県那賀郡金城町の周布川、岡山県真庭郡川上村の旭川に生息しているのみです。これらはいずれも標高が400〜700mの所です。なぜこのような分布をしているのでしょうか。

 文化勲章の受章者である今西錦司先生は、「雪解けの時、日陰にみられる残雪のようなもの」と説明されておられます。すなわち、氷河期にはカワシンジュガイは広く中国地方に分布していたと思われます。しかし、気候が穏やかになり気温が上昇してくると、平地では棲めなくなり水温の低い所にいるものだけが生き残ったと考えられるのです。カワシンジュガイは冷涼な環境を好む北方系の動物であり、氷河期の生き証人なのです。ですから、気候が寒冷な東北北部、北海道に行けば、生息個体数の多い河川もあります。そして、日本列島を南下するほど少なくなり、広島県より南には生息していません。広島県はカワシンジュガイの分布の「南限」なのです。

 特に、小瀬川の個体群(大竹市栗谷町大栗林 北緯34度14分)は世界で最も南に位置している生息地として、昭和17年に広島県の天然記念物に指定されました。しかし、相次ぐ台風の来襲により生息環境が一変したため、今では全く見ることができなくなり、天然記念物は解除になりました。
しかし、何万年と世代を重ねてきたカワシンジュガイが1〜2回の洪水で絶滅したというのも不思議ですね。そこでカワシンジュガイの絶滅の原因を再調査したところ、カワシンジュガイの子供(グロキジュウム)はサケ科魚類のアマゴ(サツキマスの河川残留型)の鰓に2カ月間寄生して大きくなるということが解りました。言い換えれば、アマゴに寄生できないとカワシンジュガイになれないということです。しかし、保護をしながら一方ではアマゴを釣って塩焼きにして食べていましたから、カワシンジュガイがいくらグロキジュウムを放出しても子孫は増加しなかったのです。

 私たちは貴重な生物を天然記念物に指定したことで、保護していると勘違いしていたのです。「保護」とは「保護し続ける」ということであり、動的なものであるべきと思われます。そこで北広島町は町の天然記念物に指定し、繁殖期にはアマゴを放流して保護増殖を行っています。カワシンジュガイがを環境のシンボルとして、絶やすことなく守り続けていくことこそ、世界の南限に位置する広島県民の役目だと思います。

(川野守生)
 
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