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太田川のシジミ 資源管理からブランド化へ
〜広島市内水面漁協の安達組合長に聞く〜
2008年 6月 第86号


 2年ぐらい前までは太田川でシジミがとれるのは知っていても、広島でシジミといえば「宍道湖のシジミ」が一般的で、小売店でみるのは大概宍道湖産のシジミでした。しかし、最近では太田川のシジミの質のよさが知られるようになって、広島の自慢の産物の一つに加えられています。今年3月、広島市が全国にむけてPRする「ザ・広島ブランド」の第1回認定品にも指定されました。

 太田川のシジミがなぜいいのか? 急激に評判になった裏には何かあるか? 広島市内の太田川内水面漁業を管理する広島市内水面漁協で安達勝志組合長にお話をうかがい、さらにシジミ採りの現場を訪ねました。
      (取材・宮林、篠原)
 


 市内太田川の漁獲第1位 広島市内の太田川6派川のうち、放水路を除く5つの川の漁業を管理しているのが、広島巾内水面漁協(東区松川町)です。広島湾と太田川の両方の漁業権を管理し、組合員169人の内、約140人が川の漁業権を持つ組合員で、アユ、ウナギ、コイ、フナ、エムシ(魚の餌・ゴカイ)シジミなどの漁をしています。

 漁協が管理する河川域はこれらの魚貝類が採れる範囲で、上流は、太田川が6つに分かれる大芝水門上流120m地点から、下流は5河川それぞれ、天満川〜蜆船橋、本川〜西平和大橋、元安川〜明治橋、京橋川〜比治山橋、猿猴川〜東大橋までの範囲、市内の中心部です。

 このうち、シジミの漁業権を持つ人は約100人。それで生活をたてて販売している人は約20人だということです。昔は太田川漁業の中心は、釣りの餌「エムシ」でしたが、今はシジミ。内水面漁協の水揚げの第1位です。

 
漁獲量は減っている

 太田川でとれるシジミはヤマトシジミ。北海道から九州までの、汽水湖沼と河囗域で取れますが、全国で約2万t弱の生産量の80%は宍道湖などの汽水湖での漁獲です。

 広島県の水産統計年報によると、太田川のシジミは昭和40年代は年間250t程度とれていましたが、水質の悪化で昭和50年には10t以下まで減少。その後、放流を増やす中で平成5年から10年までは240〜50tまで回復しました。その後また徐々に減りつつあり、平成15年、全国の河川の生産の約3000tの内、太田川は147tで全国の河川で第6位になっています。去年から漁協で資源保護のため、漁獲制限を厳しくして、去年の漁獲高は70t程度に抑えているということです。

 
ブランド化への取り組み

 広島市民が「太田川のシジミ」に注目するきっかけになったのが、04年に始められた平和大通りの「ひろしま朝市」でした。丁度同じ年に組合長に就任した安達さんが、広島市の水産担当との協力で「太田川シジミ」の幟をたてて、直売をはじめたのです。

 市民の反応は「このシジミおいしいんじやけど、どこで売っとるん?」「太田川のシジミなんて見たことない」といわれ、組合員に聞いてもわからない。そこで太田川のシジミとして市内で売っていこうと考えたということです。売っていくためにシジミを厳選してブランド化しようということで様々な取り組みが開始されました。

 雁木組の協力もあって、シジミの放流に子供達が参加したり、駅前の愛友市場での直売などしたりマスコミの報道もあり、市民の注目を集めるようになりました。

 
1日60sへ漁獲制限

 安達組合長の話では、温井ダムができてから、漁獲量が減ったといいます。それまでは冬の間でも取れていて制限も無く、1日100キ囗ぐらいは採っていた、ということです。とれたものは各組合員がそれぞれ、市場に出したり個人的に売っていました。

 そこで去年から、漁協として、それまでの1人1日100sの制限を60sとして、12mm以下のシジミは川に戻すなど、制限を厳しくしたのです。そして太田川のシジミはすべて漁協を通して売っていく一元集荷、販売のシステムを確立しました(手数料10%は組合へ)。現在は、全漁獲量の半分は広島中央卸市場の卸会社へ、半分が中卸業者を通じてスーパーなどに販売されています。

 こうして「太田川シジミ」の名は知られ、今年3月広島市の認定する「ザ・広島ブランド」の第1回認定品となりました。市場への卸価格も現在Is=1100円と、宍道湖産の2倍はする高値で取引されています。以前は高い時でも1s=600円、安い時には400円ぐらいだったそうです。

 
特徴は黄金色

 ヤマトシジミは、川底の砂や泥の中2〜3cmにすみ水中の有機物を餌としています。水温の高い夏季には底の表層近くにいて、摂餌、成長、成熟、産卵などの活動を活発に行い、水温の低下する冬季になると殻長の3倍近い深さまで鉛直移動し、ここで低い代謝生活を維持しながら冬を越します。春になり水温が上昇すると再び表層に移動。8月を中心に7〜9月が産卵期で、幼生は1週間ぐらい浮遊し川底に定着します。

 シジミというと、有名な宍道湖産の黒くて小さいものを思い浮かべますが、太田川のシジミは粒は大きく、黄金色というのが特徴です。シジミの貝殻は保護色で、環境によって色が変化し、同じ川でも底が泥だと黒くなります。太田川の河床は砂が白っぽいので黄金色になるのです。これも太田川が綺麗な証です。

 またシジミ漁が漁場としている太田川の下流は、最大4mにもなる干満差が中国山地と広島湾の両方から運ばれる栄養素を行き渡らせます。栄養分は豊富で、7mmの稚貝を春に放流すると、早いものは秋には12mmに成長するということです。

 
シジミ採り現場を訪問

 シジミ採りの現場を訪ねました。西区楠木町に住む中原忠明さん(65)の漁場は太田川、本川の大芝水門から北大橋の下流まで、右岸は西区楠木町(崇徳高校周辺)左岸は中区牛田新町(旧郵便貯金会館周辺)です。6月11日、この日は朝4時から11時まで、船の上から6mの長柄ジョレンで、川底を掻いてシジミを採ります。朝4時から始めるのは潮の満干潮にあわせた仕事だからです。

 満潮時に上流の方から、ジョレンを川底にいれ引き上げます。船は引き潮に乗って徐々に下流に移動するのをうまく利用しながら、ジョレンを入れていきます。ジョレンをいれて引き上げるまでが約2〜3分、1回の作業では多くても100個程度のシジミしか上がりません。6時間の間この作業を繰り返します。シジミと共にジョレンに入ってくるゴミもかなりあります。空き缶やビンそれに木片など、その都度引き上げて袋につめて捨てるのですが、それが悩みの種です。

 この日の6時間の作業の結果は約55s取れました。採れたシジミを、12mmの網目の「通し」で選別します。その結果、販売できる正味の量は半分以下、大体20sになるということです。取れたシジミを見ると大きいのは3cm近くもあります。大体上流の方が大きいシジミが採れるそうです。潮の満干潮にあわせた作業ですから、夕方から出ることもあるということですが、夜間はやめているということです。

 中原さんが、シジミ採りの免許をとったのは10年前、安芸高田市の川根の出身で、子供の頃から江の川でアユや力二を採って遊んだといいます。高校卒業して広島で大工の仕事を続けて、10年前に太田川の川漁を始めたということ。シジミ漁は4月から11月頃までほとんど毎日出ているということです。

 シジミ漁のほかには秋から冬にかけて「ツガニ」をとり、春先には白魚も採るという話しに、太田川もまだまだ、豊かな漁獲が続いていることを実感しました。

 
毎年10tの種シジミ放流

 毎日、シジミを採る人は約20人、漁協の管理する川ならどこで採ってもいいのですが、仲間で話し合って、それぞれの採る領域を決めているとのことです。大体大まかに橋で区切って、一つの区画で2〜3人、ということですが、中原さんは一番上流の区画なので、広い範囲を1人で受け持っています。

 太田川には、漁協で種シジミを毎年約10t程度を放流しています。今年も5月〜6月にかけて3回に分けて放流。放水路だけは、漁協の管理外なので、広島市の水産担当が市民が自由に採れるように放流しています。

 種シジミは三重県の木曽川河口で採れるものを三重県の漁協から仕入れています。昔は宍道湖のシジミを入れたそうですが、宍道湖も漁獲が減って他所には出さないようになったという話。放流は川のキワから真ん中まで満遍なく育つように撒くのですが、水の流れでどうしても下流に流されます。上流は少なくなり、中原さんはそのために広い領域を一人で受け持つ形になりました。本川では寺町付近がよく採れるということ。さらに下流になって塩分が濃くなるともう、すめない領域になるそうです。

 太田川のシジミ採りには@船の上から長い柄のジョレンを使って採るA胴長着をつけて川の中に入って短いジョレンで採るB川の際など手堀りで採るの3種類があり、京橋川は船から採る長柄のジョレンは使えないことになっているそうです。

 中原さんは平成17年の14号台風の洪水で、川の様子が変わったといいます。川の左岸石が多くなり、牛田川に砂が溜まって、京橋川の方に水が流れなくなり、そのために京橋川、猿猴川の水量が少なくなったということ。水が少なくなると泥が溜まり、表面が硬くなるそうです。中州周辺など、木が一杯茂った所は大きないいものが育つとのこと。自分が受け持っている領域は、それぞれ資源が維持できるように管理をしています。中原さんの話によると「現在は1日60sの制限だが、年間を通して40sぐらいまで減らしてもいいのではないか」という話も出ているということです。


 
天然シジミヘの期待

 毎年10tもの種シジミを放流し、更に去年から制限を厳しくした効果があったのか、安達組合長の話では、今年は太田川でうまれて育った天然シジミが特に多いといいます。「ちょっと足で砂を掻いてみても小さなシジミが沢山みえるんで、これから数年は、天然シジミが沢山採れるようになると思う」と話します。

 これまで、京橋川などでは、果物などを入れる赤い網の袋に何枚かの同じ袋を入れて、40個ぐらいを綱にぶら下げて夏の間、水底に流しておくと、そこにシジミの種がついて、秋には小さなシジミが袋に育っている、それをとって自分の受け持つ領域に撒いて、資源を増やすことをやっている人もいるとのことです。

 
漁協のゴミ収集

 また、漁協では川の掃除も推進しています。4、5年前に猿猴川のヘドロをバキュームカーで取ってもらいました。2000万円を支払ったこの作業の後、結局すぐにもとの状態に戻りました。それならば、ひとりひとりが誰でもできることからやろうと、年2回のごみ掃除をすることにしました。主なごみは、流木、自転車、ベツトボトル、空き缶などです。このうち、流木は県が、自転車は市が引き取ります。漁協では、拾ったばかりのごみは濡れていてごみに出すのが一苦労ということで、常葉橋の下にゴミ箱を設置し、ここで乾いたごみを回収することにしています。

 以上漁協による資源の管理と厳選した漁獲出荷体制で、広島を代表する産物までブランド化した「太田川のシジミ」の発展の過程を見てきましたが、これからは市民全体で、100万都市の真ん中でシジミが採れることの意味を考え、いつまでもシジミが育つ太田川の環境を守っていきたいと思います。
 
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