生態系・里山・里海

湿原・干潟

「アサリはなぜ採れない!」
〜資源復活には何をすればよいのか?〜
瀬戸内海水産研究所 浜口昌巳さんに聞く
2008年 4月 第84号


 5〜6月は潮干狩りのシーズン。なぜこの時期が潮干狩りによいのか、ご存知?それはアサリがこの時期は、産卵をする少し前、一番身が太っているから、ということと潮の干潮が昼間で、海岸に干潟が広がるから・:というのがその理由です。しかしこの所、広島湾のアサリは本当に採れなくなりました。
 多い時には2000tも取れていたのが、最近は僅か70〜80tぐらいに減っています。一体、海に何か起きているのか?採れなくなった原因は何なのか?アサリの研究を進めている瀬戸内海水産研究所の浜口昌巳さんにお話をうかがってきました。
(篠原一郎)
 



「先ずアサリというのはどういう一生を送るのか、その生態についてうかがいたいのですが…」


 
小粒時はきれいな砂地を好む

 アサリは春と秋2回産卵します。雌雄異体ですが同時に卵子、精子を放出し、受精した卵の大きさは0.06mmぐらい。受精後10時間以内に孵化して幼生がうまれます。それから2〜3週間は、プランクトンとして海に漂います。大体0.3mmぐらいになると干潟に着底して、大きくなっていきます。アサリの棲む最大の水深は10mまでで、大体は数mまでの所です。もともと河口干潟に褄む生き物ですから、大きくなると比較的海底の泥が多い所でもいいのですが、小さい時は川から排出されるきれいな砂地を好みます。昔は河口に大規模な干潟があったので、きれいな砂地の所に着底し、移動したと思われますが、今は、干潟が埋め立て等で減少したので行動範囲も狭くなってアサリにとっては棲みにくい環境になっていると思います。

 水深の深い方が、大きいサイズが棲息していることはあります。潮の干満で干出する所はその間餌が取れないので、海水がいつもある方が成長がいいということです。

 アサリの餌はまだよく分かっていないのですが、最近の研究では海水中の植物プランクトンと干潟の表面にある付着珪藻といわれるものが餌になっています。以前は植物プランクトンの死骸など有機物も餌になると考えられていましたが、最近は生きた植物プランクトンを餌にしていることが分かってきました。

 成長の度合いは場所によって違いがあって、1年で食べられる大きさ(=約3p)になる所もありますが、私たちが調査している周防灘では、1年で17oぐらいですので、大体食用になるまでには2年ぐらいかかると思っています。アサリが沢山取れていた時代には周防灘でも1年か1.5年でも3pになっていたといわれます。それで、アサリの一生は昔は8〜9年ぐらいといわれていましたが、最近、現場で見るところでは3〜4年ぐらいで短くなっている可能性があります。
 
 埋め立てが収穫に影響?

 アサリの一生を考えた時、注目しなければならないのは、生まれてから2〜3週間の幼生はプランクトンとして海に漂って、潮の流れによって移動することです。これは想像以上に広範囲に動く。私たちの調査では九州の大分県と福岡県の境にある中津干潟から周防灘をへて山口県まで移動しています。広島湾北部の場合は閉鎖水域ですから湾内の中の移動ですが、宮島海岸で掘った貝が太田川河口の干潟で生まれたものということは大いにありうることです。

 東京湾では羽田の埋め立てが横浜の方のアサリの収穫に影響しているという報告もあります。ですからアサリの資源回復を考えることは、非常に広域的に考えなければならない。例えば広島湾で、アサリの棲息する一つの干潟が、埋め立てで消えることはそこのアサリが無くなるだけでなく、広島湾全体に影響を与えるということなのです。

 私たちの研究室の研究は干潟や藻塲が研究の対象で、そこの生物の一つとしてアサリを考えているのです。広島湾は埋め立てによって干潟、藻塲がなくなり研究の対象になりにくい。そこで自然干潟が大きく残されている大分県の中津干潟を中心に、干潟を造った山国川と周防灘の海域を研究対象にして山口、福岡、大分各県の研究機関や広島大学、愛媛大学と共同してアサリ資源回復の研究を進めています。

 これまでの研究で私たちは、最近のアサリが採れなくなった理由として4つの原因に分析しています。

 @河川改修や埋め立てなど沿岸開発による干潟河口が崩壊していること
 A海域の生産力の低下、温暖化に伴う水温、塩分、潮位の変化
 B新たな害敵生物の出現(ナルトビエイなど)
 C過剰な魚穫(一般の潮干狩りを含む、採りすぎ)



 
気候変動で生産が不安定に

 原因@は、広島湾など沿岸が埋め立てアサリの棲息地自体が無くなっていることは実感できることです。Aの海の生産力の低下ですが、アサリが採れていた70〜80年代は、瀬戸内海の富栄養が進行し赤潮が発生、漁業に大きな影響を与えていた時代でした。その後、環境保全のために産業排水の規制や家庭排水からの汚染負荷物質の削減(CODなど)のための下水道整備が進められてきました。その結果、栄養塩が減った、つまり、変な表現で決して正しくはないのですが「海がちょっときれいになった」ために採れにくくなっている、ということがあります。

 しかし周防灘など広い海域では海水の栄養塩減少が直接ひびいていますが、広島湾北部ではそれよりも、海底にヘド囗が溜まるとか、それによる貧酸素水塊の発生などの問題があります。アサリは、初期は泥を嫌うので、泥の多い所では幼生が漂ってきても着底できる場所が少ないことが考えられます。

 もう一つ大きなことは冬の温度が上かっていることがあります。まだ研究途上ですがアサリは冬の水温が上がるとよくない。過去のデータ解析では寒い冬の方がアサリが沢山とれている。70〜80年代は富栄養化と同時に冬、寒かったので沢山とれたと考えています。これは地球温暖化だけのことかどうか分からないですが、瀬戸内海では冬の水温が上かっていますからこれがマイナスになっていると考えています。

 もう一つ最近、雨の降り方が変わっています。アサリは河口干潟の生物だから川との関係が強いのですが、最近は短時間に集中して降ることが多い。周防灘で最大の流入河川である山国川の場合、上流の集中豪雨で流れてくる土砂や枯れ木、ゴミが干潟に堆積してアサリが減少します。近年、山国川では、梅雨の時期の総雨量は減っているのですが、時間雨量は増えている。こういう気候の変動もアサリの生産を不安定なものにしています。アサリにとって川をどう考えるかということが大きな問題なのです。

 例えば川の流量についていえば、ダムや発電の取水によって水量が少くなることがいわれますが、最近は夏など、生活の変化によって都市の生活用水が増え、取水量が増大して川の水量が減ります。川の水量が減ると陸息からの栄養塩の供給が減少して植物プランクトンが育たなくなります。するとアサリは場合によっては餌不足になって死ぬこともあります。川からの水のコンスタントな流入によって栄養塩が供給され、それを餌としてアサリが育つわけですが、それが近年変化しており、降る時はトーンと降って洪水になり、河口干潟が流されたり、夏には堆積したゴミが腐って干潟のアサリは死んでしまうということです。ですから我々の生活自体が、川に関係する生物にも影響しているということがいえますね。

 これは山国川の研究で最近分かったことで、太田川の場合どうなるのでしょうか?

 
ナルトビエイが突如出現

 Bの害敵の出現では、よくいわれる「ナルトビエイ」の食害ですが、出現したのは2000年に入ってからですが、アサリを食べる量がこれまでの害敵の比ではないんです。何千tという量を1ヶ月で食べてしまいます。今、アサリは周防灘の山口、福岡、大分3県で年間100t未満の生産量しかありません。推定値ですが「ナルトビエイ」は500t食べています。2年前の大分県の調査ではバカガイが3千t食べられている。実に恐るべき存在ですが、なぜ出現してきたかはよく分かりませんが一説によると水温17度以上でないといないので、温暖化の影響かともみられますが、それだけではない。1つには「ナルトビエイ」の天敵が減ったからではないかという研究者もいます。その天敵はサメです。なぜサメが減ったかといえば、中国のフカひれのための乱獲です。中国の経済発展によって、今、ワシントン条約などで絶滅が危惧されている海洋動物が2つあります。サメとナマコです。これも推定ですが、サメについては、ナルトビエイの増加の原因になっている可能性はあります。このように一国の経済発展が生物の生態系に影響を与えているということもあるのです。

 Cの過剰な漁獲=採りすぎ、ですがこれは漁業者の漁獲は管理できますが、潮干狩りの場所についての保全は難しいです。しかし今後は、採取を制限する必要はあるでしょう。アサリの産卵は15o以上から可能ですから、15〜30oの貝は採らずに返すとか、時期からいえば、秋は採らないよう制限するとか、逆にいえば、アサリをとるのはおいしい5月の旬の時期だけにしようとか、色々方法はあると思います。

 
「広島湾でのアサリの資源回復の可能性はあるのですか?そのためには何をすればよいのでしょうか?」

 一般論でいえば、幼生の持続的な供給がない限りアサリの再生産の機構の継続はできないわけですから、資源復活には小さく見積もって20〜30q、大きくいえば100〜200q範囲のなかで、どこにどれだけの干潟を残すのかという広域的な施策の中で考えないとアサリが湧く海は復活できないです。
 

 
小さな干潟を大切に

 広島湾については難しいのですが、まだ北部海域で幼生の循環がありますから、先ずは今ある沿岸や島嶼部の小さな干潟を大事にしていくこと。積極的に考えるなら、幼生の分散とか動態を考えた上で干潟を造成したり、再生するという手があります。けど再生は、不可能ではないです。

 例えば横浜にある「海の公園」はアサリにとっていい状況を造っています。毎年何万人かアサリ採りに入っても、次の年にはアサリが採れています。ですから広島湾でアサリを増やすのはどういう干潟がよいのかをよく考えて造ったらまた効果があるかもしれません。例えば廿日市の木材港周辺にある三筋川河口でもアサリが自然に発生したりしています。あそこは環境としてアサリを研究する者にとって、この条件だったらいいんじやないかという感じがありますから、そういうことを考えた上で造るかどうかですね。

 その条件とは、後背地の山の方向とか風の向きによる、波の状況とか色々考えないといけませんが、複雑で一概にはいえません。とにかく先ずは今ある小さな干潟を保全していくことが第一ですが、広島湾は難しいです。今まで通りの開発、埋め立てがまだ続いていますから・…

 最後に、アサリの復活と海の環境の研究をしていてジレンマに陥るのは、アサリが採れていた頃の海が果たしていい海だったのかということです。広島湾周辺の貝塚を調べると、出てくるのは1位が「ハマグリ」2番目が「磯シジミ」3番目が「カキ」そして4位が「アサリ」なのです。昔はハマグリがそれだけ多かった。ハマグリには温暖で広大な干潟が必要です。アサリ以上に塩分濃度の薄い河口干潟が棲息地です。昔は広島湾の太田川河口には広大な干潟が広がっていてハマグリが沢山採れていたのです。

 今、周防灘に面する山口県の河口干潟ではハマグリが復活し始めていますが、それはまだ自然の干潟が残っているからです。広島湾ではもうちょっと難しいでしょう。
 
 
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