●太田川水系の生き物たち−植物− 2008年 9月 第89号

アケボノシュシュラン
〜曙の空に似た花を咲かせる〜


秋分を過ぎた頃、太田川の上流にある落葉樹の林を歩いてみました。実をならせた木々の葉はどことなく色褪せ、気のはやいものは紅葉し、あるいは落葉しています。どことなくくすんだような雰囲気の林床で、アケボノシュスランが瑞々しく咲いていました。

 高さ10cmに満たないこの花は、山地の林内に生える、ラン科の多年草です。本州、四国、九州の落葉樹林から照葉樹林まで、広く分布しています。植林地の中に見られることもあるようです。茎は地面をはって、上部だけが伸び上がり、数個の葉を互生します。

 その茎の先に、3個から8個の花を付けます。花は均等に咲くのではなく、一方に偏って咲きます。非常に小さな花ですが、2枚の側花弁と唇弁、背萼片と2枚の側萼片からなるのは他のラン科の花と共通です。

 名前に付けられている「シュス」というのは繻子織り、サテンのことです。同じ仲間のシュスラン(別名ビロードラン)は葉の表面にサテンのような光沢があるのでこの名前が付きました。図鑑によっては、アケボノシュスランの葉にもビロード状の光沢があると説明されていることもありますが、実際に観察したところ、アケボノシュスランの葉にそのような光沢は無いように思います。曙の空の色に似た花を咲かせるシュスランの仲間、ということでこの名前が付けられたのでしょう。

 野に咲く花の紹介をするとき、ランの仲間は特に気を遣います。それは、ランの仲間には園芸的な価値が高いものが多く、盗掘の対象になりやすいからです。新聞の報道によって園芸業者の採取に会い、自生地がまるごと失われた、という例もあります。そのような意味で、花も姿も地味なアケボノシュスランは比較的「安全」と言えるかもしれません。

 ただ、ここで思うのは、気を遣いながらでないと植物の紹介ができないという社会というのは非常に寂しい社会だということです。花を見に出かける人も、花を採りに出かける人も、「花が好き」という同じ思いが出発点にはあるはずです。自然環境が変化し、多くの生物が絶滅の危機にある今日だからこそ、残された自然が共有の財産であるという認識を持つことが必要なのではないでしょうか。


写真・文 芸北 高原の自然館 白川勝信
 
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