太田川水系の生き物たち−植物− 2007年 8月 第76号

ヤブカンゾウ
〜栄養繁殖で全国に分布〜


 梅雨が明けて夏が盛を迎えると、野山に大型の草花が目立ってきます。この時期、耕作地の脇や道路ののり面、草刈りがされている林縁部などでヤブカンゾウを見ることができます。
 ヤブカンゾウは北海道から九州まで分布するユリ科の多年草です。カンゾウは「萱草」と書き、風邪薬に使われるマメ科の甘草(リコリス)とは全く別の植物です。春先の新芽は食用になります。また、花も食用になり、興奮作用があるため、中国では忘憂とも呼ばれるそうです。日本語の属名も同じ意味でワスレグサ属とされています。ユウスゲやニッコウキスゲなどワスレグサ属の植物は一日で花がしぼんでしまいます。ラテン語の学名Hemerocallisは、hemera(一日)とcallos(美しい)という意味で、この特徴をよく表しています。
 八幡高原では、近縁のノカンゾウも見ることができますが、こちらはヤブカンゾウよりも全体に小型です。また、ノカンゾウの花は一重なのに対し、ヤブカンゾウの花は八重咲きになることが大きな特徴です。ヤブカンゾウの花が八重になるのは、雄しべの一部あるいは全部が花びらのようになるからです。八重桜なども同じように雄しべが花びら状に変化したものですが、ノカンゾウの場合には華やかというよりも少し野暮ったい印象を受けるように思います。

 ヤブカンゾウの花は、花が終わっても種を付けません。これは、ヤブカンゾウは遺伝子のセットを3つ持つ、いわゆる3倍体だから です。有性生殖をする生き物の遺伝子のセットは偶数です。それは、父親と母親からそれぞれ1セットの遺伝子をもらって 増えるからです。ところが、ヤブカンゾウは3セットの遺伝子を持つので、その3セットを上手く半分にすることができず、種を作ることができないのです。

 ヤブカンゾウは有史以前に中国から帰化したと考えられています。種を付けることのないヤブカンゾウが栄養繁殖によって全国的に分布し、数千年の間を生きてきた背景には、食物や薬として人が利用していたことを除いては考えられません。長い時間をかけて作られた人と植物の関係が、これからもずっと続いていくような環境であって欲しいものです。

写真・文 芸北 高原の自然館 白川勝信
 
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