太田川水系の生き物たち−植物− 2006年 9月 第65号

キキョウ
〜秋の七草で準絶滅危惧種〜


「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば 七草の花
 萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」


 これは山上憶良が万葉集に詠った歌で、秋の七草の謂れとされています。「秋の七草」という言葉はよく知られているようですが、「七草を挙げてください」と問われてすぐに答えられる人は、春の七草に比べて少ないようです。春の七草が5・7・5・7・7(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)と短歌の体裁を整えているのも覚えられやすい理由の一つでしょうが、秋の七草(ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ(万葉では朝貌)が食用にされないことも大きな理由ではないでしょうか。

 また、秋の七草を見つけること自体が難しくなっているという事実もあります。広島県が2004年に発行した新しいレッドデータブックではキキョウ(朝貌))が準絶滅危惧種に指定され、フジバカマに至ってはもっとも絶滅の危険度が高い絶滅危惧T類に指定されています。これでは秋の七草がますます縁遠くなるばかりです。
 
キキョウ
 キキョウは草原を代表する多年草で、高さ50cmから1mになります。草花に疎い人でも紫色の花を思い浮かべることが出来るほど、日本人には身近な花でしょう。
風船のように膨らんだつぼみは5つに裂けて開きます。まだ若い花では雌しべが5本の雄しべに包まれていますが、花粉が全て飛ばされて雄しべが倒れてしまうと雌しべが成熟して5裂します。このように、花が咲いても雄しべと雌しべが成熟する時期がずれているのは、自家受粉を防ぐためです。

キキョウの花が持つもう一つの特徴は、株の先端から花が咲き始めることです。このような花の咲かせ方を有限花序と呼びます。その逆に、株の下から咲き始めるものを無限花序と呼び、キキョウ科の中を見てみても、こちらが多いようです。

 もはや絶滅危惧種となってしまったキキョウですが、最近は道路法面や中央分離帯で見かけるようになりました。これらは植えられたものかもしれませんが、草原と共通する環境がキキョウの生育に適しているのでしょう。しかし、本来の生育地である草原環境はもっと広かったはずですし、七草だけでなく、様々な植物が同居していたはずです。大正時代には国土の1割以上を占めていた草原が、現在では3%未満にまで減少していると言われています。その原因は農耕に牛馬を必要としなくなったことや、河川改修によって広い河川敷きがなくなったことにあります。

「秋の七草」という言葉が文学の上だけのものになりつつある現状にもったいなさを感じます。
 
写真・文 芸北 高原の自然館 白川勝信
 
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