生態系・里山・里海


天然ヨシの浄化能力と水生生物研究20年

〜69歳で工学博士号取得〜
広島市安芸区・保光義文さん

 2007年 6月 第74号
 
 広島市安芸区在住の保光義文さん(69)が先月30日、広島国際学院大学において論文博士号(工学)を取得されました。海田町に生まれ、釣具店を経営する傍ら、約20年間、瀬野川と太田川水系をフィールドに調査を継続され、このたび、博士論文「底生動物による瀬野川および太田川水系の水環境評価と、天然ヨシ原川床の水質浄化に関する研究」として結果をまとめられました。
 保光さんは、底生動物を約20年間、定量的に採集し、それを水質評価の指標として用い、水質を考えるというアプローチをされています。ヨシの水質浄化に関する研究では、化学的な水質分析の結果と対照することによって、ヨシの浄化能力と底生生物の関係を捉えていらっしゃいます。現在では瀬野川水系に限らず、太田川放水路の干潟の底生動物調査もされています。
 今回は、博士論文の中心的内容である、瀬野川水系での調査のお話と、新たなフィールドである、汽水域干潟での調査・研究のお話を聞かせて頂きました(取材・岩本有司)

 



「保光さんが、現在の研究をはじめられたきっかけは何だったのでしょうか?」
 
 昭和30年くらいから釣り道具屋を経営していたのですが、当時、瀬野川河口周辺では奇形のハゼ、チヌがよく釣れておりまして。これはどうも川に原因があるのではないかと思い、瀬野川を調べ始めたのが約20年前です。実際に厳密なデータを取り始めたのは平成4年からなので、ちゃんとやり始めたのは15年くらい前からですかね。それが今回の論文になっております。
 
主なフィールドは瀬野川水系

 調査は瀬野川・熊野川を中心とした瀬野川水系です。瀬野川は東広島市八本松町に源を発し広島市安芸区を流れて海田湾に注ぐ全長2.5kmの2級河川です。熊野川というのはその支流で、熊野町や阿戸町の周辺を流れて、山陽本線瀬野駅から約1km上流で瀬野川と合流します。源流から瀬野川合流点までの距離は13kmくらいです。熊野川のほかにも海田東や畑賀などからの支流もありますが、瀬野川水系の特徴としては、まだ自然が残っていて、ヨシが非常に繁茂しているということです。良い面としてはヨシが水を浄化してくれることが挙げられるのですが、一方では、大水のときにヨシが水流をさえぎって洪水の原因になることがありますね。これらの問題点の解決策として、瀬野川水系でのヨシの植生面積と水路の関係をうまく割り出し、この程度なら大水にも耐えられるという、ヨシの保存をしてみたいという思いもあります。

「瀬野川水系で今日まで継続された生物調査の具体的内容をお聞かせください」

 瀬野川と熊野川合わせて35か所の定点を設け、それらを春夏秋冬、例えば今年の春だと4月、夏はまだこれからですが、6月から8月にかけて、などといったように調査を行うのです。調査期間中は1週間に4,5日は川に出掛けます。一時期の調査で、大体1ヶ月くらいはかかります。まぁ、それ以外でも学校・公民館のあたりの環境教育にも関与していますので、川に入るのはしょっちゅうです。総合学習は減りつつあるとはいえ、依然として多いのでね。

各定点での緻密な生物調査と実験室での繊細な作業

 調査の方法について、先ず生き物の採集方法ですが、50p四方の方形枠(コドラートというもの)を河床に置いて、その範囲内に居る底生動物を、はけやピンセット等を用いて、下流側に置いた網の中に流し込んでいくという方法です。これによって、その範囲内に居る底生動物を全部残らず採集します。定点ごとに、その作業を両側の川岸と川の中心の3か所で行います。採れた生物は、ビンの中にホルマリン漬けにし、実験室に持って帰って、種類を同定するんです。同定と言うのは、これはこういう種類の生き物だというふうに、生き物の名前を調べ、明らかにすることですが、これが本当に大変な仕事で時間がかかります。小さな生き物は顕微鏡で拡大したりして種類を同定しながら、数をカウントしていくのです。そして指標生物表と言う、80種類くらいの生物の名前が載っている表を使うのですが、これは、4段階の水質階級ごとに対応した生物の出現を見ることによって、水質を評価するというものです(表1)。瀬野川全体では60種類くらいの生物が出現し、1定点あたりだと大体20から30種類くらい出現しますね。
 
 
約15年間貴重なデータの蓄積

 他の多くの調査でやられているような、1年や数年限りの調査ではなく、約15年間、続けてきたことによって、その間に瀬野川で起こった様々な変化、例えば河川改修工事や下水処理場建設など、その時々の変化のデータもちゃんと蓄積されています。よって、下水処理施設建設や河川改修によって減少した生物が、どれくらいの期間で回復するのか、などの細かい変化も捉えられています。

「ヨシの浄化機能に関する研究はどういった経緯で始められたのですか?」

 最初から、ヨシのことを考えていたわけじゃなくて。水がどれくらい汚染されているのか、また、その原因は工業排水なのか、生活排水なのか、それとも雨水なのかという事が知りたかったのです。こちらは化学的な手法になるんですが、広島国際学院大学のバイオ・リサイクル学科の佐々木健教授との共同研究と言う形で始めました。私は(底生)生物の面から、佐々木先生は水質の化学分析から、お互いの結果を照らし合わせていくという方向性です。
 
生物・化学的な水質調査とヨシとの結びつき

 熊野川の上流域では、源流から4kmくらいのところに団地があり、ここから生活排水が流れ込んでくることで上流域では水が汚れているのに、なぜか、それより下流の瀬野川への合流点辺りでは水がきれいになっているという現象が起きていました。そこから疑問が出てきまして、もしかしたら、これはヨシが上流から流れてくる汚れた水を浄化してくれているのではないかと。そこで、我々は熊野川源流から4km地点と13km地点での水質の生物・科学的な調査を行いました。
 
具体的な浄化能力の解明へ

 生物調査と並行して、川の流量測定を行い、水の中に含まれるリン・窒素の量を化学的に測定しました。それと、ヘリコプターで河川の航空写真を撮影し、河川内のヨシの繁茂する面積を割り出した結果から、ヨシ1uあたり、1日に1.656gから0.022gの窒素、0.071gから0.02gのリンを除去する速度があると分かりました。また、底生動物による調査では、単純に、ヨシが河川内に70%繁茂している場合、1~1.5km下流に行くごとに水質段階が1ほど上がるということが分かりました。それによって、生物・化学の両方面からヨシの浄化能力を具体的に説明するに至りました。

「その結果として、ヨシと底生動物との関係はどういったことになるのでしょうか?」

 熊野川で言えば、上流では団地の生活排水などによって水が汚れ、生物はとても少ない。しかし、その水がヨシ原を通過し、下流に行くにしたがって浄化されるので、上流域の汚れた場所では住めないような、いろんな種類の生き物が増えてきます。例えば、団地の周辺では水質階級がWであったのが、ヨシによって、下流の瀬野川・熊野川合流点付近まで来ると水質階級がTとなり、上流域では見られないような、ナガレトビケラの仲間(写真1)や、カワゲラ(写真2)などの生物が見られるようになる、と言った現象も起こります。つまり、ヨシの水質浄化作用によって、出現する生物の種類に変化が生じるというところが、両者の関係だといえるわけです。逆に言うと、出現する生物の種類によって水質が判断できるということです。

「ところで、残念ながら、太田川はヨシ原が少なくて、可部や下流の京橋川河畔に少しあるだけのようです。京橋川ではヨシを刈って葦船を作ったりして、ヨシの再生に取り組んでいる「アシガルの会」の活動がありますが、太田川ではどのような調査を?」

 私は主に太田川放水路をフィールドとしていますが、最近では広島市環境サポーターネットワークの活動で、脈川(市内を流れる太田川水系6河川のこと)全体の季節ごとの底生動物の出現調査を行っています。2000年以降、大水が出た影響ですかね、生物が減る傾向にあり、現在も増えてはいない状態です。
 
河口付近で現在、問題とされているアサリの減少について

 昔は放水路河口付近で潮干狩りなどをしても、よく採れていたのですが、最近はかなり減少していますね。それは何故なのかという事をよく考えています。化学分析などでは、実際にきれいな水にはなっているのですが、なぜかアサリは採れないし、稚貝を撒いても育たないという状態です。去年、我々のボランティアの一部で本川筋の吉島の干潟で稚貝の放流を数kg単位で行ったのですが、その約1か月後には、きれいに居なくなっていたんです。もしかしたら、川がきれいになりすぎて、餌となるプランクトンを育むだけの水のキャパシティがないというか、力が無いというか。そういった状態になっているのかもしれませんね。
  
これからの試み 汽水域干潟での指標生物による水質分析法の確立にむけて

 アサリのことと関連しますが、汽水域での生物と、水質の関係についてはまだ明確な評価ができていないというのが現状です。そこで、我々なりに、水質評価のための指標生物表などを作成しています。独自のやり方なので、方法としては確立されていませんが。生物表での評価と化学分析との整合性があるかどうか、そういった検証をこれからも課題として行っていこうと考えています。

「どうも、ありがとうございました。これからもお元気にご活躍ください」
 
 
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