生態系・里山・里海


太田川フォーラム開催

  〜太田川をめぐるすべての人が話し合い〜
       

 2005年9月 第53号

 初の産・学・官・民による「太田川フォーラム」は9月10日広島国際会議場(コスモス会議場)で開催され、午前10時から午後5時までパネリスト9人と150人の参加者が熱心に太田川の現状と将来について語り合いました。各パネリストの発表は図表や映像を使い充実した内容ですが、紙面の都合でここに全部を細かく掲載できません。発表のポイントを要約してご紹介します。(篠原一郎)
 

アユは河川環境のシンボル
 上 真一(広島大学教授)


 私達は「里海の創生」というテーマで瀬戸内海を里海にしたいと思って研究を続けている。里海とは「里山」と同じように人間の適切な管理によって生物の多様性、生産性、環境浄化が維持されている身近な海の事。瀬戸内海が持っているこの機能が今、失われるるある。それを回復させるには海に注ぐ川の流域全体の事を考えねばならない、ということで今回のシンポを企画した。

 太田川は全長103キロ、流域面積は1710平方キロ、人口150万人、流水量毎秒80トン、そこに主要なダムが4箇所(樽床、立岩、王泊、温井)と高瀬堰、発電所が15箇所ある。この流域の人間活動によって排出されるものが海に流れてくる。チッソとリンに代表される栄養塩は、魚介類を育てるが海の汚染もする。

 漁業から見ると広島湾はまだ頑張って生産をあげているが、海底には汚染物質が蓄積、貧酸素水塊や有害赤潮の発生などで、アサリなどの2枚貝の漁獲は激減している。特産のカキも2万トン以下に減少している。この広島湾の質的低下は干潟、藻場の喪失などにも原因があるが川にもある。川を見るのに私はアユを河川環境回復のシンボルとして着目したい。アユは孵化した稚魚が冬は海で育ち、初夏に川に帰り川の付着珪藻を食べて大きくなる。日本の河川に適応した淡水魚の王様。このアユの天然遡上のある川にしていくことが瀬戸内海を里海にしていくことにつながると考えている。
 
 
台風14号で過去最高の危機的水位に
 
水野雅光(太田川河川事務所所長)

 太田川は国が管理する一級河川109河川中、全国40番目、中国地方13河川中6番目の中規模の河川。太田川河川事務所が何をやっているか?現状を「治水」「利水」「環境」の面から説明する。

 治水について 今回の台風14号について、6〜7日の出水っは昭和18年、47年の水害に匹敵する大雨だった。1700平方キロに平均300ミリ降ったが、今回は短時間にどっと降り、6時間に150ミリ。6時間に100ミリの場合、100年に1回の大雨だが、今回は130年に1回くらいになる。太田川橋の下流にある矢口第1観測所の水位(水系全体の指標)が過去最高8.06mに達し、計画水位8.76mにあと数十センチに迫っていた。天満川の中広付近では川の堤防上限にヒタヒタだったとの報告もある。よく堤防が壊れなかったと思う。幸い上流の温井などのダムが空いていて、水を溜め40センチ水位を下げている。もしダムがなければこの平和公園あたりも水浸しの状態になったかもしれない。

 環境面について特にアユに関連して魚の遡上については魚道の設置などでなんとか処置できていると思う。75キロ上流の鱒溜ダムの下でサツキマスを見たという報告もある。問題は下る方で、高瀬堰上流で生まれたアユが堰の為に下れないということ。これにはアユの産卵の時期に合わせて夜間に年に数回3〜4時間堰を開けることも検討中だが、これは水道局や中国電力とも話し合わなければならない。
 
 
広島市内6割世帯の消費電力に相当
 佛原肇(中国電力事業支援部門マネージャー)


 太田川には現在15箇所の発電所がある。中国電力の供給電力約1550万kwの内水力が約20%を占めるが太田川の水力発電はそのうちの27%、88万kwを支えており、年間10億kwで、広島県内の電力供給の5%を占める。これは広島市内の一般世帯の6割の1年間の電力量に相当する。中国電力の出力の電源別の割合は(平成15年)原子力が8%、石炭火力33%、LNGと石油火力が39%、水力が20%で、水力は重要な役割を持っている。

 1日の電力需要は昼間のピーク時と夜間では倍以上に変化するが、その変化に対応する役割を担っている。水力発電には水を溜めずに流れる水をそのまま使う流れ込み式と溜めた水を使う貯水池式と調整池式がある。流れ込み式は津伏堰で取水する間平、太田川の発電所など7個所、土師ダムからの水を利用する可部発電所は揚水式。この中で、貯水池方式と調整池方式、揚水方式の発電所が、細かい需要の変動に対応が可能な発電所として重要な役割を果たしている。

 環境面の取り組みとしては、ダムから濁水をなるべく出さないために表面の上澄みの水を流す表面取水設備の設置、河川の水量を保つため維持流量の確保、魚道の設置などに努力を重ねている。
 

 
山も汚染の原因に!
 
佐々木健(広島国際学院大学教授)

 生活排水が川の水を汚すことは従来から知られていることだが、最近、私は山が新たな汚染源になっていること、山が危ない、山も管理しないと太田川の水が悪くなることを明らかにしたい。

 広島の水は花崗岩質の土壌から出る軟水で汚れにくい水。上流の竜頭峡など岩には緑藻、珪藻が少し生える程度、それが中流の飯室あたりではもうヘドロが岩についている。ヘドロは何から出来るか?ヘドロは砂が35%で、5%は油分のような分解されにくい有機物がベターっと張り付いている。この有機物は明らかに食べ物からのものだ。普通ヘドロは食べ物からの有機物がそのまま汚れてヘドロになると思われているがそうではない。その有機物が分解されて、チッソとリンが残りそこからヘドロになるのだ。

 広島の水が汚れにくいのは、軟水でカルシウム、マグネシウム、鉄などのミネラル分が少ない硬度の低い水で、チッソ、リンが加わっても光合成が起きにくいからだ硬度の高い水だと光合成が行われ、アオコなどの藻が映える。それが腐ってヘドロ化するのである。少々チッソ、リンが入っても汚れにくい広島の川なのだが、そこにヘドロがたまるのは、よほど広島は水に対してひどいことをしていることになる。

 しかし最近は下水道の整備で、生活排水からの汚染は改善されつつある。最近の問題は山からの汚れである数年前まで名水だった湧水が硝酸性チッソで汚染されている。山に入ってみると砂防堤防などに台風による倒木と腐葉土がいっぱいたまっている。そこから発生した硝酸性チッソが浸透して湧水に出ている。これからは里山の管理を復活させないと川はきれいいならない。
 
 
台風による川の若返りに期待
 
村上恭祥(広島県内水面漁協顧問)

 太田川のアユは平成5年までは放流尾数、漁獲日数とも伸びてきたがそれ以降冷水病や暖冬、異常気象で漁獲は低下。現在の放流尾数はピーク時の30%減で660万尾、漁獲量は40%減の200万尾(144t)再捕率は30%にまで落ちている。これはベースには治水、利水の為の河川改修による河川の平坦化による環境悪化の集積がある。

 去年の秋の台風18号は何をもたらしたか?また今回の14号は何をもたらすか?

 18号は石を動かし、砂を運び、「はまり石」を「浮き石」にし魚場を更新した。下流域ではこれまで蓄積した古いコケなど付着物をはがした。これが今年のアユの復活につながっている。しかし上流や支流では土石流で砂礫を供給、流しきれずに淵を埋め、瀬は小石による「はまり石」魚場が増えた。そこへ今回の14号がきて2年続きの出水で再びかなりの石を動かしているので、川の若返りということでは長期的にはよい効果になるのではないか。

 次にアユの「えさ環境」について考える。アユが放流された時期に「ヒゲ藻」という糸状の藍藻類の芽が用意されて、牧場で言えばちょうど芝生のようなむしり取ってもすぐ次が生えてくるような付着藻類の芽があることがよい餌場の条件だ。アユの密度が濃くて、アユがそれを積極的に利用して食むと次の芽が出て、牧場の牧草のようにきれいに管理されて更新する。つまり、アユ自身がえさの資源管理するのだ。昔は3月にはこの「ヒゲ藻」が生えたが、今は遅れて5月頃になっている。いずれにせよアユを放流すれば捕れる時代は終わった。これからはアユ増殖技術と環境改善について異分野との対話、産官学民の協力が欠かせない。
 
 
太田川は広島湾の生態系のカギを握る
 
平田靖(広島県立水産海洋技術センター)

 広島湾を中心にしたカキ生産はピーク時には、約3万トンを生産していたが、平成4年以降、貝毒を起こすプランクトンやヘテロカプサ赤潮の発生などで現在は約2万トンに減少(全国の約50%)している。現在のカキ養殖は、季節的に筏を移動している。夏には広島湾奥の太田川河口域の表層は赤潮、低層は貧酸素になるので、沖合の島嶼部に移動避難している。冬になると河口付近はカキの良好な身入り漁場として筏が集まる。冬は餌が足りないくらいになる。

 太田川は栄養物質供給によって広島湾全体の生態系を支えている。チッソ、リンなどの栄養塩が多ければ赤潮を引き起こすが、広島湾の環境から見れば、夏を減らして冬に増やすことが出来ればいいのだが、出来るだけ分散した形で供給できればよいと思う。
1990年頃から赤潮の発生件数は減少しているが、その原因種がカキのエサになる珪藻類から渦鞭毛藻類に変わっていてこれが貝毒を発生させたりしている。これはリンの選択的削減によるチッソとリンのバランスが崩れたから、という説が有力。また珪酸塩や鉄の供給も森林の減少やダム建設によって減少し、珪藻類が増えにくい、という説もある。広島湾全体の生態系がよくなるのも悪くなるのも太田川が鍵を握っているのは確かであるが、科学的に解明されていないことが多く今後の研究が必要である。
 
 
ダムからの水はいつも濁っている
 
渡 康麿(元太田川漁協組合長)

 私は太田川河口から45キロ、広島市と加計町の境の太田川中流域に住んでいる。いま太田川の通常時の流量は毎秒5t。太田川は2本あって、上流の津伏で中国電力が発電用の水を取って山の中の導水管を流れる太田川の水は25tだ。本流には5分の1しか流れない。水が少ないのは当たり前。昭和36年までは発電所ごとに使った水は元の川に戻していた。それが発電所をつないだ山の中の導水管を流すようにした。

 また、5年前に温井ダムができて、上流のダムが4つになった。ダムは水を溜める所ですから水は増えない。増えないだけでなくいつも川が濁るようになった。以前は大雨が降っても2〜3日できれいに澄むのが普通だったが、今はいつまでも濁っている。このように川が汚れてきている。川は魚が棲むところ。魚にとってよい所でなければ、本来の川の姿ではない。
 

 その他、広島県林業技術センターの山本哲也さんは「森林整備と水源涵養機能」というテーマで発表。@単木択伐A帯状に伐採後に植栽Bモザイク状に伐採後に植栽という方法でスギ、ヒノキの森林造成試験をした結果、単木択伐区で水源涵養機能が向上する傾向があることを報告した。

 広島大の杉恵頼寧教授は、「水の都構想」について構想策定の経緯やその意義などについて解説。京橋川沿岸に開かれているオープンカフェや水辺のコンサートについて紹介した。


取材者コメント・・・

 太田川のあらゆる関係者の立場が分かり、大変有意義なシンポだった。
 議論の中で課題として残った、太田川の流量を増やす問題、発電所の排水の低温問題、孵化直後のアユ稚魚が海に下れるよう高瀬堰を開放する問題などは継続してつめていく必要がある。
 結論としてこのシンポを第一歩に防災、エネルギー、飲料水など治水、利水面と魚が棲める環境回復をどう調整していくのか?関係者の間でさらに具体的な議論を深める必要を痛感した。

 
 
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