生態系・里山・里海

太田川の未来の向かって

初の産・学・官・民による「太田川フォーラム」

  〜主催・広島大学 上真一教授に聞く〜
       

 2005年8月 52号

 来る9月10日(土)、広島国際会議場で開かれる「太田川フォーラム」は、太田川を利用するすべての関係者が一堂に会してそれぞれの立場からの主張や考え方を出し合って、現在太田川が抱えている問題をどう解決していくのか、太田川の未来をどう拓いていくのか、を話し合うものです。利害の対立する関係者が同じ舞台で、太田川の未来を見つめて意見を出し合うというのは、過去にはなかったこと。太田川の歴史上初めてのことと言ってよいでしょう。そこでこのイベントを企画された広島大学「里海」再生プロジェクト研究センター長の上真一教授にお話をうかがいました。(篠原一郎)
 

 
「まず、海の研究者が川のシンポを企画される意味を改めて伺いたいのですが?」

 流域を統一的に見よう


 私達は、漁業の立場から広島湾を考える研究者の集まりを過去7回やってきました。これは広島大、瀬戸内海区水産研究所、呉の産業技術研究所と県の海洋水産技術センターなどの研究者の集会で、ここでの議論で広島湾を考えるにはどうしても川の事を考えなければならない。そこで川を見てみると、流域全体が統一的に見られていない。山は山、川は川で分断されているし、利用する側も水の使い方によって、それぞれの機関の管理の仕方が違うから、川に対する考え方もバラバラです。ですから、海の人間が川の人に「もっと海のことを考えて川を見てください」というメッセージを投げかけたいのです。「海では赤潮の発生など、私達は困っていますよ、それは川が悪いから困っているんで、川の近くに暮らす人たちは海のことも考えながら生活してください」ということなのです。海のことを考えるには、川のことを考える、川のことを考えるには、山のことを考えなければならない。全体を統一して考えなければならない。そういう時代の流れになってきています。

 カキを支える川の栄養塩

 特に広島湾の場合、特産のカキの生産を考えると、川によってもたらされる栄養塩が非常に大きな支えになっている。カキだけでなく、他の海域では漁業生産が落ちているのに、広島湾は生産量も比較的よく維持されている。それは川があるからなんです。しかし本来の川の力、海に対する川の機能はもっとあるはずなんです。それを追求したい。今でも広島湾は漁業の場として優秀な場所ではあるが、かつてに比べると落ちているので、それはどこに問題があるのかということを川の側から考えていきたい、ということです。
 
「太田川の現状を見ると発電所が15箇所、ダムが5箇所あるます。これは人口百万の広島市の維持と瀬戸内沿岸工業地帯の水やエネルギー利用の為に必要とされてきたが、これは、川の資源の極限的利用だといわれます。この太田川の特徴をどう考えますか?」


「全部がおかしくなる」

 これはその時々の時代の要請でそうなったわけ、いまはそういう川の開発一点張りの形ではいかない。もう水の需要は減っていますし、新しい時代の要求もあると思います。太田川の水は今まで極度に使われてきましたが、このままずっといっていいのかと言えば、私はこのままでは川もおかしくなるし、海もおかしくなる、全部がおかしくなる。今、考え直さなければ、と思っています。その意味で、利用を進めてきた国の行政、国土交通省太田川河川事務所や中国電力の方達が同じ場で話し合う意味は大きいです。

 相互理解のフォーラムに

 時代の要請に応じた川の利用の在り方を考えていかなければいけない。特に中国電力は水を沢山使っているから環境に負荷をかけている、勿論電力は必要だけど、今は他のエネルギーの利用も考えられているし、これほどまでに川を痛めつけなければ電気はできないのかどうか?
 そういうことを説明して明らかにする社会的責任があります。住民の側も槍玉にあげるんじゃなく、中国電力の立場も理解する。そういう場にしたいですね。喧嘩の場ではなく理解しあうことがこれからの第一歩です。

「これまで河川環境の問題と言うと水質汚染など、科学的な分析による数字に基づいた議論が多かったと思いますが、それではもう不十分だという認識になっていますね」

 アユがしっかりと戻る川

 その通りで、確かにそれだけでは足りないですよね。その中にはいろんな生物が棲んでいた、コミュニティーを作っているわけですから分析だけでなく、その場をマクロに捉えた生態系ということを考えなければなりません。その意味では上流にオオサンショウウオまで含めた水中生物の生態系を考えていかなきゃいけない。当面特に海との関連で注目しなければならないのはアユです。アユは正常な沿岸環境や河川環境であれば、海と川を行き来し、リサイクルを続けて人に恵みを与えてくれるものなんです。それがおかしくなっている。私達の目的とする生態系は、シンボル的にアユがしっかり戻ってくる川、そういう姿が戻ってくれば、河川が健全であって海の沿岸部も健全である。そういう太田川を目指したい、ということです。

「流域の場をマクロの視点で生態系を考えるということですが、その面ではまだ科学的な解明が出来ていないのでは?」


 経験的な積み上げを生かそう

 そうですね。たとえば森林のどんな物質が海を肥沃化させているのかというとイメージして浮かぶものはあっても、科学的に証明することは難しい。いまだに不明と言っていいと思います。広島湾でもカキ養殖の漁業者が上流に広葉樹の植林をされていますがまだ、その効果は科学的にはっきりとは証明されていない。科学が追い付いていないのです。しかし考え方としては正しいと思います。学問的に究明されなくても経験的な積み上げで分かっていればそれでいいと思います。科学的に究明されなければ行動できないということではありません。ある程度経験的なことで分かっていればそれに基づいた判断で向かう方向を選択する、私はそれで十分だと思っています。

「川の利用の方向を変えると言っても、発電所やダムを今すぐ撤去するわけにはいきませんし、当面どのようなことが考えられるでしょうか?」

 「太田川管理組合」を


 それを考えるのが今回の集まりの課題ですが、日本の人口は減り始めているし、工業生産もそう伸びるわけではない。水の需要もそう増えることはないんで、これからはゆっくり長くこの地で生きていくことを考えなければならない。これからはそういう時代だと思います。そういう視点に立って山を川を海をどういう風に使っていくのか?知恵を集めて考えるしかないわけですが、その点で私は流域全体の利害関係を越えた「太田川管理組合」といったような組織を作っていったらいいのではないか、と思います。


 
 具体的な話し合いに期待

 今までは自分たちの組織の中だけでやって来たんだけれど、海を考えるには川を見なけらばならないし、山を考えなきゃならないということですから、関係する人々が集めってそれぞれの立場から意見を出し合って調整していく。国交省、地方自治体、中国電力、市民が集まり、太田川に関する色々なことはその組織で審議して決めるというようなシステムをつくる必要があると思います。今では利用する権利を得た人がそれを奪われることに対する抵抗があるわけだが、いまはもうそれをごり押しでやっていくわけにはいかなくなっているんで、謙虚に環境を守っていく最善の方法を寄り集まって考えていく以外にないのではないかと思います。その意味では今回の集まりが第一歩になれば、と思います。

 また、そういう調整機関をつくる前段として、今すぐにできることも沢山あると思います。アユの遡上を阻害する堰の問題なども水門の操作の仕方で解決できることも考えられるし、川の流量を増やす為のダムの放流を試験的にやっていることもあります。そういう色々なアイデアを出し合って、出来ることから積み上げていくことが必要です。今回の集まりでもそういう具体的な話し合いが展開することを期待しています。太田川に関心のある多くの方々のご参加をお待ちしています。

「どうもありがとうございました」
 
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