森林・水源

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山を守り儲ける林業への道
〜太田川の源流、吉和の林業について〜
林業家 安田 孝さんに聞く
(2006年 3月) 


 木材の輸入全国1位で、広島の木材業界はアメリカや北欧からの外国産が主流だといわれ地元木材の価格低迷が続いていますが、そんな中で着実に計画的な林業経営をすすめ「儲かる林業を!」と呼び掛けている人。それが太田川の源流、廿日市市吉和の林業家、安田孝さん(45)です。
どんな方法で、どんな考え方で林業経営を進めているのか?安田さんを吉和村の作業所に訪ねて取材しました。
また安田さんは今、太田川流域の自然程の焦点になっている細見谷林道計画について、林道建設推進の意見を発表しています。その点についてのお考えもうかがいました。(取材 篠原一郎)
 

■価格の低迷は問題じゃない!

 開口一番、「今の林業経営者の現状は、どうにもならないと頭を抱えている人と大丈夫儲かっているという人、はっきり二分されています」という。全国3万5千人の林業家で組織する全林研(全国林業研究グループ協議会)常任理事という立場で全国を見渡した状況だ。

 昭和50年代は、杉1立方メートルが3万5千円していたのが、今は1万円いくかどうかという低価格。「でも時代に対応しなけりゃならないし、林業に生きる経営者にとってはそれが当たり前で、問題じゃない」という。

 安田さんの所有山林は、廿日市市吉和の180ha(うち植林面積130ha)八郎杉が7割で、3割がヒノキ。安田さんの祖父が昭和30年代に八郎杉の苗の育成をはじめ、山を買っていったのが経営の始まり。「林業としては新しい経営なんです」という。小さい頃から山に行っていて、親の跡を継いで林業をやるのが当たり前という形で東京農業学校の林学科を卒業。吉和村の役場に4年勤めた後、専業林家となり平成3年、有限会社「安田林業」を設立した。去年、「細見谷林道」推進の表明をした西山林業組合の副組合長も務めるが、現在の所有山林は組合とは別の山林である。
 
■合理化のカギは作業道と機械化

 安田さんの山林経営を合理的な計画経営にしているカギは2つある。その一つは「路網の整備」と、もう一つは「作業の機械化」である。

 路網の整備は「今から30年前、親父が所有林に林道整備を行政にお願いしたのがはじまりで、25〜30年生から整備を進めて作業道、作業路を敷設してきた」とのこと。一口に路網といっても、3つに分けられ、規模の大きな幹線を林道、次の規模が作業道、そして2.5m幅員で2tトラックが通れる道が作業路とこの3つを組み合わせ、整備してきて、今は平均1ha当たり300m以上の道路網を確保している。このために「よほど伐採の方向を誤らない限り、伐った木を引きずり出す必要が無く、その場で枝を落とし、丸太に伐ってすぐ2t車に積み込む作業が可能になった」という。
 
■もうひとつの
「機械化」については…


 平成3年の台風19号は安田さん個人の山林に10haが激甚災害の指定を受けるほどの被害をもたらし「このことが旧態依然の方法から変えるきっかけになった。」

 この被害地を片づけるために導入したのが「リモコンウィンチ付きグラップル」という機械。被害地の片づけに導入したがその後、林道開設、木材搬出にフル稼働だそうだ。日本の林業の本格的機械化が始まったのがこの台風だった。それまでは架線を引いて木材を運び出す架線集材が殆どだったが、欧州、カナダで開発された林業機械を日本に適応させたのが始まり。「うちの場合はそんな高性能でなく、単に木をつかんでまわすという単純なものですが、それまでは丸太一つにロープをかけて釣り上げるということだったのが、重機が傍にくれば木をつかんでそのまま積み込めるという簡単なものです」。この機械で生産コストは5000円/立米(1立米=直径18〜24cmの中目丸太7本程度)をきる。普通なら伐採から市場まで運んで1万5千円ぐらいかかるから3分の1以下。1万円を切る木材価格でも採算が合うと納得できる。
 
■すべてを一人の作業で

 今は45年生の山林から18〜24cmの建材用に「売れるもの」から間伐し、跡地に植林をしている。年間素材生産量は700立米。驚いたのは、この作業を雇用なしで安田さん一人でこなしているという。「個人が持っている山の管理会社だから伐採も他の山の管理作業も全部一人です」

 また伐採した素材はすべて原木市場を通さず、加工会社2社と建築会社1社に直接販売している。価格は1年契約で市場より有利な販売ができる。

 経営の長期的な計画について…林業の理想は法正林といって、毎年木が生長する量だけ伐っていく…100年生で伐る山を100haを維持しながら収入を得ていける、というのが目標になるが、安田さんの場合は昭和30年代からの植林で45年生の山が多いので、今は間伐して跡地に植林して、皆伐はしていないとのこと。
 
■木を栽培し山林を経営すること

 山の木を育てるには、1haに3000本植えて50〜60年育てて、伐るまでに3回程度間伐して、1000〜1200本にするのが一般的だが、安田さんの考えは…。
「これには山林の所有者の考え方で変わってくる。一つは山を財産として持っている場合と、私のような経営として考える場合。財産とする場合はこんなに木が安くなるとすぐ換金できないから、本来間伐しなければならないのが出来ない。そういう場合3000本を40年迄で、600本にしてしまう。後は放っておいてもいいですよ、という考え方。一方、私のように山林を経営していく立場では、伐期を100年に設定して、その間に弱度の間伐を繰り返して収入にしていきながら100本にまで落とす。ですから私の45年生の山林は除伐、間伐を含めてもう5回手を入れています」

 これは山林の所有者、夫々の考え方や山の条件によっても全部変わってくる。例えば安田さんの山林でも路網がつかない急傾斜の所は早い内に強度の間伐をして本数を落として行くし、路網が整備できて管理が行き届く所は何回も間伐して収入を得ていくというように山林の状況によって、また樹種によっても管理の在り方も変わってくる。一律な管理ではダメだということだ。山林の状態に応じた管理が出来るかどうかが、林業経営者の資質にかかってくるという。まさに林業も農業と同じように木を栽培して育て、山林を経営していくという観点に立てなければならないということが理解できる。
 
■早期間伐が無難だ

 「私たちは山で仕事をして山で収入を得ているのですから、山を荒らすわけにはいけないのです。今頃は一般の山林所有者は、伐採業者に山の木を売って伐ってもらい、後は投げておくようなことも多い。また伐採業者の方は、機械を入れてあとのことを考えずに伐って放っておくのをよく見ますが、私たちは決まった面積からいかに継続的に収入を得るかが命題ですから、山を守ることを基本にして施業をしているので、その間には大きな距離がありますね」…確かにその通りだが、安田さんのような考え方が成立するには、対象となる山林に、整備された基盤が無ければできないことである。「基本的には私と同じことにやるのは、一般には難しいと思います。ですから今となっては、早い時期に600本ぐらいに強間伐して、下層の植生を生やして今あるスギ、ヒノキを育てるのが一番無難な方法でしょうね。」…しかし安田さんは「これからの長期的な展望を考えると日本の林業の将来は暗いものではない」という。その辺のお話は次号に続けますので…
 
■細見谷林道に賛成する理由

 その前に、緑資源機構が進める「細見谷林道」について安田さんは林業家の立場から推進賛成を表明している。その考えについてお話をうかがった。

 「あの道を利用するわさび田があるが、あれは私が吉和村役場にいた時に計画、施工してつくったもので、当時からよい道になるというので期待していたこともあるし、国道488号線につながる拡幅部分は、西山林業の山林にかかります。そこは以前から道が悪かったので崩れるたびに従業員が行って直すのを繰り返していて、早く直したいという話もあったのですが、大規模林道の話が出たのでそれではそっちに乗ろうということになった経緯もあるのです。私も細見谷渓畔林の自然が貴重なものであるなら、それは破壊するようなことはしてほしくはないと思う。しかし林業の立場からいえば、最低限安全を確保した道路をつけてもらいたい。その両方の接点を出しているのが、今の緑資源機構の計画だと思うので、今の計画に賛成しているのです。」という見解を述べられた。

 取材者としては、改めて細見谷渓畔林の貴重な生物多様性を守るには、それを支えている今の生物生態系を壊してはならないこと、それには最低、現状に手を入れないことが大切という科学者の見解を支持する「環・太田川」の姿勢をお話して、取材を終えた。

「林業の将来は暗くない」安田さんの話は次号へ続きます。
 
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