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 連載 「水とはなあに?」
〜生命と環境の関わりで考える〜
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 馬場 浩太 (広島修道大学名誉教授) 
2007年 2月 第70号

水と氷と水蒸気−水の三態変化

 私たちが普通に「水」というときにはコップに入っている水のように液体の水のことを考えています。しかし、一般的な物質としての水は液体としての水、固体の姿をとっている水=氷、気体の姿になった水=水蒸気という3通りの顔を持っており、周囲の圧力と温度の条件次第によって3通りの顔(相と呼びます)の間で移り変わっています。

 私たちの住む地球表面の環境は大気の圧力がT気圧、平均温度は15℃です。この環境条件では常温で水が液体であり、気体、固体の状態との間で移り変わりながら共存できるという絶妙な関係になっています、当たり前のようなこのことの持つ意味を改めて押さえておきましょう。

 水は地表を流れ下り、蒸発して水蒸気が上空へ上り、雨・雪になって地表へ戻るという循環をしています。その過程で水の流れは周りの物の熱をよく吸収して温度の変化を小さくしながら運び、氷ー水−水蒸気の三態変化を通して熱の流れを効率よく受け渡しするという働きによって環境の温度変化を和らげています。そしてそれと同時に水はあらゆる物質をよく溶かし運び、水の流れは環境中の物の流れ、生命体の物質循環の流れを支えています。

 このように、水は他の物質に比べて際立って比熱が大きい、気化熱が大きい、物質の溶解能力が大きいこと、氷が水に浮くことなど、水の特質については前回に触れてきましたが、その他に、水は表面張力が他の物質より、水銀を除き飛び抜けて大きいという特質もあります。

 水が示すこれらの特異な性質は何によっているのか、今回は水の素性を水の分子の構造から見ていくことにしましょう。少しだけ細かい話になるかもしれませんが、原子や分子の世界の結びつき方も、人間と人間の結びつき方の関係と引き比べて考えてみることができて結構面白いものです。
 
水の分子H2Oの形の秘密
 +と−の極を持つ分子


 水の分子はH
2Oと書き表されるように、酸素原子Oに水素原子Hが2個くっついたものです。しかし、そのくっつき方に関してはH2Oと書いただけでは分かりませんが、実はその形が大変重要なのです。

 水が示すいくつもの特異な性質の因ってくる元は、まず第一に、酸素原子Oと2つの水素原子Hが結びついている形が図5にあるように「く」の字型をしていることにあります。

 一般的に原子の持つ電子は2個ずつでペアを組んでいますが、ペアを組む相手のいない電子を持つ2つの原子同士が電子を出し合い、電子のペアを組んで位置エネルギー的に安定した状態で共有して一つの分子になる、という結びつき方があり、共有結合と呼びます。

 図5で酸素原子Oと水素原子Hを結んでいる太い線は、水素原子Hの電子1個が酸素原子Oのもつ電子の中のペアを組んでいない電子の相手の空席に入り、できた電子のペアを酸素原子Oと水素原子Hが共有して結びついていることを表しています。(酸素原子は中心にある原子核の周りを8個の電子が球状に囲んで回っていますが、表面近くの電子の軌道にはペアを組むべき空席を持つ電子が2組あります。これに対して水素原子は中心にある原子核の周りを電子が1個だけで球状に囲んで回っています。)

 水の分子は図5のように、酸素原子Oは2つの水素原子Hとの間でそれぞれ1個ずつの電子を共有することで結合しています。

 このことは水素原子Hから見ると、−の電気を持つ電子を酸素原子Oの側に偏らせることで原子核の+電気との間のバランスが偏って、水素原子Hの側では−の電気が不足すなわち+電気を帯びたことになります。

 もし、2つの水素原子Hの位置が、酸素原子Oを中心とする直線状のような軸対象な位置にあれば、酸素原子Oから見て−の電気を持つ電子の移動は2つの水素原子について反対方向で打ち消し合うため、酸素原子Oの位置で−の電気の偏りは生じません。

 しかし、水の分子では2つの水素原子Hは「く」の字型の偏った方向に位置しているため、酸素原子Oから見ると2つの水素原子の持っている電子を引き寄せたことで、原子核の+電気との間のバランスが偏って、酸素原子Oでは「く」の時の角の側に−の電気を帯びたことになります。

 このように一つの分子の中で+の電気を帯びた極と−の電気を帯びた極とが分かれて存在している分子は、磁石にN極とS極があるのと似ていて、+の電気を帯びた極には+の電気を帯びたイオンなどを引きつける性質を持ち、極性分子と呼びます。

 水はこのように極性分子であることのため、例えば食塩NaCl水ではNa+イオンの周りに水分子の−極が集まり、Cl-イオンの周りには水分子の+極が集まることでよく溶けるように、水には各種のイオンを始め様々な物質が溶け込みやすいことの原因となっていますし、さらには次に説明する水分子同士や他の分子との間に水素結合を生じる基となっています。

また、電子レンジで水分を含むものが加熱されるのも、水が有極性の分子の形をしているためにマイクロ波のエネルギーを吸収してゆすられて熱運動が盛んになり温度が上がるためです。
 
水の分子HOの集団の秘密 −水素結合−

 図5には2つの水の分子H
2Oが描いてありますが、右のH2O分子のOの−電気と、左のH2O分子のHの+電気との間には弱い電気的引力が働き、この引力で右のH2O分子と左のH2O分子同士が結びつきあっています。この力による結びつき方は点線で示してあり水素結合と呼ばれます。

 水素結合の強さは実線で示されている共有結合の強さの1/10以下で、酸素原子Oと水素原子Hの間の距離は、共有結合ではほぼ0.1nmであるのに対して水素結合ではざっと0.2nmとなっています。(nmはナノメートル、0.1nmは1億分の1cm)

 共有結合が原子と原子を結びつけて分子を作るほどの強さを持つ結合であるのに対して、水素結合は分子と分子を弱く結び付ける働きをします。弱いとは言っても、いろいろな物質の分子を凝集させている一般の分子間力に比べればずっと強いものです。

 水素結合は水の場合に限るものではなく、一般に電子を取り込みやすい酸素などの原子と結びついて少し+電気を帯びた水素と、電子を取り込みやすく−電子を帯びた別の原子との間に働く電気的な引力です。例えば生命情報であるDNAの2本の鎖は塩基対の水素結合によって結びついています。

 ともあれ水を考える上で水素結合は極めて重要で、水の持つ特異な性質の多くには水素結合が関わっています。液体の水の中では、H2O分子は水素結合によって数個から十数個、あるいはもっと多数個のH2O分子とつながりあって存在していると考えられています。
 

氷の結晶構造を作る水素結合


 氷の結晶では、図3を見ていただきますと、氷の結晶の基本単位となっている正4面体の中心にあるH2O分子に示されるように、1つの水分子について4つの水素結合を通し隣り合う4つの水分子と結合していることが解ります。

 すなわち中心の黒丸の酸素原子Oは、正四面体の4つの頂点に位置している隣り合う4つの酸素原子Oとの間で、そのうちの2個の酸素原子O(上と右手前)とはそれぞれ自己の共有結合の水素原子Hを介して水素結合し、残りの2個(左と右奥)とはそれぞれ相手の共有結合している水素原子Hを介して水素結合している、というように見ることが出来ます。

 この関係は氷の結晶の中のどの1個の水分子H2Oをとって考えても同じことが言えること、つまり対称性のある安定な関係の構造だということです。


 このように隣り合う水分子H
2Oとの結合が4つの水素結合によっていることおよび、1つの単位の水分子の形が図5のように「く」の字型でその開きの角度が104.5度であることのために、水の結晶は図4のような隙間の多い構造になっています。

 氷の結晶では結晶全体の単位のH
2Oが全て水素結合を通して結ばれていますが、氷の結晶といえども、各々の原子が完全に凍りついて固定している訳では決してなく、その時の温度なりにどの酸素原子Oもどの水素原子Hも不規則に揺らぎ振動しています。

 水などの結晶=固体はそれを構成している各々の原子・分子の相対的な前後左右上下の位置関係が変わらずに固定しているものですが、その固定した位置関係を保ちながら常にランダム不規則な運動をしています。

 温度というのはそのような個々の運動エネルギーの集合全体の平均値を示す指標ですから、氷の温度が上がり、水素原子Hの運動が活発になっていくと、あちこちで水素結合が切れ始め、だんだん水の分子がばらばらになり、何個かの水素結合は部分的につながったままで構造が崩れていきますが。小さくバラバラになた水分子が残っている結晶の隙間に入り空間を埋めていくことになります。

 そのために体積は減り、0℃から4℃までの間は、温度が上がるとともに密度が増すという、他の物質には見られない水に特有の異常な現象が起こるという訳です。
 
水は単純にH2Oではない −水の分子クラスター−
 
 液体というのは固体と違って、各々の原子・分子が容積空間の中で前後左右上下の原子・分子と衝突を繰り返して、相対的な位置関係を束縛されず自由に変えながら、ランダム不規則な運動をしています。
 それでは氷が溶けて液体になった水は、H
2O分子がすべてばらばらになって束縛されずに動き回っているのかというとそういう訳ではありません。

 水という液体の中の水分子は、数個〜十数個またはそれ以上の個数のH
2O分子が一つにつながった形で存在しているとされ、クラスターと呼ばれます。クラスターというのは元々ブドウなどの房という意味です。

 水の分子H
2Oは水素結合によって容易に他の水分子H2Oとつながることが出来ますから、氷から溶けた水の中に何個も水素結合がきれていないクラスターが残っていても良いし、不規則な運動でぶつかりながら新たに水素結合ができたり、つながっていた水素結合が切れたりすることもごく自然なことだと理解できます。


 水分子のつながりの空間的な大きさについては、NMRによる測定などの話が議論されていますが、大きさを正確に測るということは必ずしも単純明瞭なことではないようです。

 水の液体中で水素結合は常に1秒間に1兆回ほどの割合で切れたりつながったりしているということですから、クラスターというものは、何個かの水分子H2Oのつながりが、常に固定的に存在しているというように捉えると間違いになるでしょう。
 
 しかし、図7に見られるように、水は沸点や融点の温度が、周期表で酸素と同じ16族の元素の水素化物と比較して飛び抜けて異常に高いという事実は、水があたかも非常に重い分子であるかのようにふるまっている、ということを示唆していると考えて良いでしょう。

 この点に関連して水の沸騰・気化・融解などと熱の出入りや温度についての議論は、紙幅がなくなりましたので、次回に回させていただきます。

 また、そのほか、まだ残っていることが沢山ありますが、水の表面張力と毛管現象、さらに植物の光合成と水の蒸散の意味などを扱う予定にしています。
 
 

 
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