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 連載 「水とはなあに?」
〜生命と環境の関わりで考える〜
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 馬場 浩太 (広島修道大学名誉教授) 
2007年 1月 第69号


 私達にとって大切な「水」。その水とはどんなものなのか?特に生命や環境と関わる面について、科学の目から見た水の役割、性質、水の不思議といったことについて、興味深いお話を3回に亘って物理学・エントロピーに詳しい馬場浩太さんに分かりやすく説明していただきます。(編集部)
 

ありふれた水ですが

 普段私たちは水は水道の蛇口をひねれば出てきて当たり前のように思っていますが、水がないと生きていけないことは誰も知っています。断食やハンガーストライキで何日も食物を摂らないことはあっても水だけは欠かせません。

 生命を維持するために体内に補給することが最小限度必要な水ばかりでなく、日常生活の中で水は手を洗ったり洗濯・入浴・トイレなどの衛生上や、炊飯などの料理のためにも必要で、水が使えないとたちまち極めて深刻な不便に直面することになります。

 このように生命をつなぎ、生活を維持していく上で普段あまり意識せずに水を使い、捨てていることがどのような意味を持ち、水はどんな役割を果たしてくれているのか、それは水の持つどのような特異な性質のためなのかについてここで改めて考えてみておくことは悪くないでしょう。
 
水を生命と環境との関わりから

 水はありふれているのに実は例外的で特異な性質をいくつも持った物質で、一般的な「科学の目から」の興味で水それ自体を関心の対象として見るとするならば、いろいろな角度から不思議で面白い話題は数限りなくありそうです。

 しかし、環・太田川の貴重な誌面を割いていただくというのですから、いうまでもないことですが、水の様々な働きや姿を生命にとっての意味から捉え、私たち人間が環境との間で持続可能で良い関係を探りたいという意識と交わってくる地点で、水の役割の貴重さを見つめていきたいと思います。

 私たちにとってなくてはならぬ平和や自由というものも、同じ言葉でもどこの国の誰の立場から言われている話なのかをはっきり意識しないで乗せられていると、とんでもないところへ連れて行かれてしまいかねません。
 
地球は水の惑星・生命の星

 地球上で最初の生命は海の水の中で細胞を作る物質と水を膜で取り囲んで発生したと考えられています。私たちの体の細胞も大部分は水ですし、生れてくるまでは誰も母親の体内の羊水という環境の中で生きていました。水は空気と同じように環境そのものと言えるでしょう。

 地球は水の惑星・生命の星と言われるように太陽系の星の中で地球だけに水が存在して多種多様な生命が栄えています。火星では水が流れたらしい痕が見られたり原始生命かもしれない化石が発見されるだけでニュースになるほどで、水あっての生命、水はまさに生命の水なのです。
 
生命とは何か

 水は命の水というほどに全ての生命が水を第一に必要とするのは何のためでしょうか。それに答えを出すためには、始めに生命とは何か、生きているとはどういう事かという問題から考えておくのが良いでしょう。

 生きて活動している生命体は必ず、その系の中に自己に固有な構造を定常に維持するために系の中に熱と物の流れを作っています。(ここでいう系というのは一つのまとまりを持つ生命体としての物質の広がり・範囲のことを指しています。例えば太田川水系などというときの系も同じ使い方です。)

 生命体の系の中に熱や物の流れがあるならば、系の中で流の上流側と下流側との間に流れを生じさせる落差があるということです。

 それは熱については高い温度から低い温度の方へ流れる温度差であり、物については圧力や濃度・密度の高い側から低い側への落差です。

 落差のある流れは自己の系内だけで持続的に続く流れではなくて、必ず下流側では系の外の環境へ熱と物の流れを排出しなければならず、その一方で上流側には系の外の環境から新しい物と熱の流れを取り入れなければなりません。

 その意味で、生命は地球全体の環境の中の大きな熱と物の流れの中に組み込まれてある個々の小さな熱と物の流れの系なのです。(図1参照)
 
熱・物の流れを担う媒体=水

 生命体の活動に必要な熱の流れを作り出す熱源となるものとして、食物を取り入れることの重要さについては誰しも疑問なく分かりやすいでしょう。

 しかし、食物としての熱量(カロリー)はゼロである水を取り入れることが生命にとって食物より以前に重要であるというのは、なぜそうなのでしょうか。

 熱・物の流れが生じて維持されるためには温度差などの落差が必要であると先に触れましたが、それは言い換えると高温の熱源と同時に、その熱を受け入れて吸収できるより低温の媒体が対として必要だということです。

 水は比熱が1で周りの多くの物質と比べて際立って大きい、すなわち温度があまり上がることなく大量の熱を吸収することが出来ます。これによって血流は体内で発生する熱を効率よく運び出して、例えば脳などの温度が上がり過ぎないように冷却しています。

 更に水はモル当り気化熱が9.7kcal/molで他の物質に比して最も大きく、体表面での発汗・蒸発が効果的な排熱放出の仕組みであるのは日常に体験していることです。

 水はまたいろいろな多くの物質を溶かす力が他の物質よりも大きいということも水の大きな特質の一つです。

 血液が栄養分や酸素を溶かして全身に運ぶことは血液循環の上流側として重要ですが、循環の下流側の静脈血が全身からの老廃物を溶かして運び出すことの重要さは、それ以上と言ってもよいでしょう。

 エネルギー源となる脂肪は体内に蓄積できても、廃熱・老廃物の流れを止めることはできないことは、断食中でも水は欠かせないことからも分かります。
 
排出する水と取り入れる水

 体内の熱・物の流れを通った末に系の外の環境に排出される水は、体内の老廃物を溶かしこんでおり廃熱を吸収している尿、糞便中に含まれている水、汗、皮膚表面から蒸発していく水蒸気などです。

 これらの水はいろいろな分解物が溶けて拡散したり、ばらばらの水蒸気として拡散してしまった水など汚れた使えない状態に変化した水で、エントロピーという言葉を使って言えば、エントロピーが大きくなった(高くなった)水ということになります。

 一方、外の環境から新しく体内に取り入れる水はきれいで冷たい水です。きれいなということは、他の物や熱が拡散して溶け込んでいない状態の水だけで集合していて、まだこれから物や熱が溶け込み拡散できる余地を十分に保っている状態のことで、エントロピーが小さい(低い)水ということができます。

 冷たい水をおいしいと感じるのは体内に溜まっている熱のエントロピーを水に移すことで快適に感じていることです。
 
大気中の水循環と熱の流れ

 一方で体内から環境へは汚れた使えない水ばかり排出しておきながら、他方では環境からきれいな使える水を取り入れる、ということは大昔からこれまで成り立ってきています。それは大きな地球環境で大気中の水循環の流れの中に生命体を通過する流れも入っているということです。

 大気中の水の垂直方向の循環は、地表面で液体の水が気化して水蒸気=水の分子となって地球の重力界の中で上昇し、上空で冷やされて雨や雪となるすなわち再びきれいな液体の水や個体の雪・氷の粒となって、重力により地表へ落ちてくるという循環です。

 地表で水が蒸発するときには、周囲から平均15℃の熱(エネルギー)を受け取って帰化しますが、水の気化熱は前述のように大きく、廃熱を効率よく吸収して周囲を冷却します。

 気化した水蒸気の分子H
2Oは空気の分子N2やO2よりも軽いため浮力があり、水蒸気を多く含む湿った空気は周りよりも軽くなり上昇します。

 上空では気温が低く水蒸気の分子同士が再び液体や固体に凝集する際に、気化で受け取った熱(エネルギー)をマイナス23℃で赤外線として宇宙空間に放出します。

 熱は高い温度の熱が低い温度の熱に拡散する(熱のエントロピーが大きくなる)方向の一方にしか流れず、その逆は起こりませんから、廃熱は最終的に捨てるしかなく、地球表面が太陽光から受け取った熱で熱地獄にならず平均気温が15℃で快適なのは、水の気化・凝縮という状態変化に伴う垂直循環の仕組みによっているのです。
  
水の密度変化−氷が水に浮くこと

 水は他の物質と比べて異常な性質をいくつも具えていますが、中でも固体である氷が液体の水よりも軽く水の上に浮くということは他の物質では殆ど見られない特異な性質であり、しかもこのことは、もしそうでなくて普通の物質と同じように氷が水よりも重かったとしたら、地球の環境や生物の進化にも測り知れない影響をもたらしてきたものと想像できます。

 温度の変化につれて水の密度がどのように変化するかは図2を見ていただくと良く分かります。

 水(氷)の密度は図2のグラフで温度の高い方から左へ曲線を見ていくと、4℃(3.98℃)までは普通の物質と同じように温度が下がれば密度が増していきますが、密度はそこで極大となります。

 秋から冬に向かって気温が下がっていくと、湖では表面の水は温度が下がると密度が大きくなり、4℃で一番重くなって底の方へ沈んでいくのです。

 しかし、それより寒くなり水の温度が下がると今度はまた密度が小さくなり、軽くて表面に留まって冷えていきます。0℃で凍り始めると、0℃の氷は図4にあるような隙間の多い結晶となり、一挙に密度が小さく体積は増えて水の上に浮くということです。(図3は氷の結晶の1単位で。これがたくさん集まって図4の結晶を作っています)

 厳しい冬に湖や川の表面に氷が張りつめてスケートが出来るほどになっていても、底の方では水温は4℃で変わらず、魚は生活していられるわけです。

 もし、水が普通の物質と同じように固体の方が液体より密度が高い物質で、氷が水より重く底の方へ沈むのであったとしたら、冬には湖は底が凍りつき、春になって気温が上がっても底の氷はなかなか融けない、ということになり、気候も今のような四季の変化とは違ったものであっただろうとか、水中での魚の十数億年の間の進化も違っていただろうというようなことが言われています。

 ではなぜ水はこのような特異な性質を示すのか、という理由については、氷の結晶や水の分子の集合の中での酸素原子と水素原子の結びつき方において特徴的な、水素結合ということの説明を通して次回に話を進めたいと思います。
 

 
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