連載 海 中 展 望
川上 清 

3.えちぜんくらげ
 2007年 8月 第76号

  ◆◆続・クラゲの食い尽くし××

 前回、トマトとマヨネーズドレッジンクを用いた洋風料理法を述べたが、日本各地を訪ね廻れば和風・洋風とり混ぜて多くのクラゲ料理との出会いが楽しめるのではないかと思う。先ず、鶴岡市の加茂水族館のクラゲアイス。唾を飲み込もうか吐き出そうかちょっと迷うが、甘いクリームの中にポリポリ感があって案外人気が出るかも。又、ナタデココ風クラゲココもお子様向きで面白い。

 和風では、くらげのしゃぶしゃぶ。くらげ明太子から、お好み焼のトッピング、寿司ネタと多士済々である。変わったところで「えちぜんがに」を入れて越前と越前が相まみえるのも愉快だと思うが、越前の人は「格」が違うと怒るかもしれない。

 中華風では、しなちく、胡瓜、セロリ、唐辛子と軽く炒め、胡麻油少々で香り付けをしてもよい。

 日本でのことはこれぐらいにして、ふるさとの中国、古くから中国菜の高級食材としておなじみなので、その中から紹介しよう。
 
  もっとも中国菜として普遍的に使われているものは「海蜇皮(ハイチョオピイ)」と言い、どのような方法で作ったのか不明であるが、日本の塩くらげと違って主流は乾燥品である。それを千切りにしてぬるま湯にしばらく浸した後、水に換えて約一時間晒し、ざるなどに取り上げ、水気をしぼって使う。

 ポピュラーなもので「沙海蜇(シャーハイチョオ)」、少し手を入れて「水発海蜇皮(シュエイファーハイチョオピイ)」。簡単レシピでいくとしたら、「拌蜇皮(パヌチョオピイ)」六人分を以下に述べる。これにも胡瓜が使われているのが面白い。

材料
海蜇皮120グラム、胡瓜、大根千切り二分の一カップが基本で、セロリ、人参、唐辛子、にんにくは随意。
たれは、かき醤油大匙一杯、砂糖小匙二分の一、塩小匙二分の一、酢小匙一杯、胡麻油小匙一杯。

1、海蜇皮はセオリー通りもどす。(日本物の塩クラゲでも可)
2、胡瓜、だいこんの千切りに塩小匙四分の一を合わしよくまぜる。
3、器の底に胡瓜、大根の千切りを敷き、上にくらげを載せ、食べる寸前にたれをかける。紹興酒とどんぴしゃりである。
 
  ●西欧にはいない??

 奥の深い中国菜にこれ以上入っていくと出られなくなる恐れがあるので、このあたりで遠慮させていただき、西欧のくらげ事情をちょっと覗いて見たい。

 英語でちゃんとしたNomura,jelyfish と呼ばれているので、あのあたりにも分布しているであろうと手の届く限りの文献にちょっかいをかけてみたのだが・・・。

 ギリシヤ神話でメドゥーサの頭をポセイドンがえちぜんくらげに変えたという勝手なストーリーは、やはり眉唾物で、アドリア海やエーゲ海には「メドゥーサジェリーフィッシュ」は住んでいないらしい。依って、ギリシヤやその近辺国にはオリジナルなクラゲ料理は無いと言い切りたいのだが、それでも万に一つぐらいはと未練を残し、クラゲ料理に合うようなギリシャワインを選び痛飲したい。

 ワイン王国イタリアと、アドリア海をはさんでほぼ同緯度にあるギリシャは、ワイン用ぶどう栽培に好適な国である。ワイン造りの歴史も古く、ぶどう栽培の起源があると言われている。古代より酒神ディオニソスへの供物として登場し、以来、芸術家や詩人、哲学者などがその作品や言葉の中で、この国のワインを賞賛し続けてきた。そのギリシャ最大のワイン産地の一つクレタ島で、クラゲのポワレかソテーのマヨネーズドレッシングを肴に、クレタ島特産の白ぶどう「ヴィナラ種」で作った「クレタ、ノビル」などを呷ると想像するだけで、もうほろ酔い気分になってくる。

閑話休題。
 
   さきほど中国菜の中で話した「海蜇皮」、実を言うとどうも「越前クラゲ」ではないらしい。殆どは「備前クラゲ」で、かっては岡山県の児島湾に発生し、わが「箱庭の海」にもときどき姿を見せていたものである。傘径は最大で五十センチ、えちぜんより二まわりも三まわりも小さい親戚であるが、どう言うわけか瀬戸内海から姿を消し、幻のクラゲとなっている。現今では台湾の基隆あたりから台湾海峡、対岸の中国福建省あたりで採集され、本物の「海蜇皮」に生れ変わり、愛好者の舌を楽しませていると思う。

 又、びぜんくらげ科には、えちぜん、びぜん、もう一種「すないろ」がいる。一すなじろ」の傘径は約二○~三〇センチで小さい。九州から日本海北部お呼び陸奥湾を生活エリアとして結構食用として珍重されているが、その姿かたちをよく観察してみると、一部に言われているびぜんくらげの成長過程にある小型のものと言うより、むしろえちぜんくらげが何かの理由で大きくなれなかったのだとしたい気がする。

 しかし、いかに高級食材とされていても、えちぜんに関しては原価が安いため漁師は嫌がって捕らない。捕らないから大発生をくり返す。如何ともしがたい悪循環である。

 考えてみると、さんざん悪口を並べてきたえちぜんさんだが、彼女らにしてみると有明海や瀬戸内海に入ってくるのも種族保存の為に浮遊し続けるプロセスの中のひとこまで、誰憚ることもないナチュラルな生きざまであると考えてやりたい。むしろグローバルに大自然を破壊し続けている人間に大神ゼウスの天罰は下るのではないだろうか。

◆西風に乗って◆


 2007年5月16日、日本列島の広い範囲に中国大陸から黄砂が飛来し、広島市でも視定(見通しのきく距離)はピークで七キ囗と、空気の澄んだ晴天時のI/3程度しかなかった。この黄砂現象は中国の西北部から偏西風に乗ってくるもので、以前はあまり問題視される程ではなかったが、七年前からはるか南の上海あたりでも確認されるようになり、健康被害を起こす重度汚染も心配されるようになった。これは中国の急速な経済発展と工業化にともない耕地が年毎に減少、砂漠化か進んだことによるもので、それに加え、工場や自動車の排出ガスがスモッグとなって黄砂とダブリ、更に深刻な事態を引き起こすことになったのである。

 それだけではない、現在の黄河は何年も前から断流現象が続き、水不足は深刻で流域地帯の砂漠化、黄砂発生に輪をかけている。又ボッ海に注ぎ込むはずの大黄河の枯渇は海産生物の生態系を狂わせて「越前水母」発生の元となり、数百億という想像を絶する数のモンスターを作り上げた。そして、有害物質を含んだ黄砂スモッグと共に日本の空と海を遠慮会釈なく覆い尽くそうとしている。

 と、少し余談が長かったが「越前水母」による思わぬ贈り物もあった。下関の魚市場に「イボダイ」の水揚げがこのところ急増していると言う。

 「イボダイ」、広島では「シス」。体長が一五センチから二〇センチぐらいの、どこの魚屋さんにでも置いてあるポピュラーな魚である。軽く塩をして唐揚げにすると、唐揚げに出来る魚の中では最右翼と言ってよい程美味い。幼魚は水面近くを泳ぎ回り、時として越前水母の無数の小触手の下に隠れるようにくっついて流れ、傘を噛って餌にし成長すると言う家つき食つきのたいそうなご身分の魚である。六年くらい前から萩市見島から「日本領土の対馬」沖にかけての漁獲が急増、2001年の180卜冫が2005年には1007トンにまで伸びている。これは越前水母を食べるズワイガニの急増と比例しており、イボダイが越前水母を食べている証拠と言ってよい。

 世の中は捨てる神だけではない。漁業関係者は「フグ」「アンコウ」に次ぐ下関の「ブランド魚」にと夢を託している。

 お国でも近々、農林水産技術会議が総額四億五千万円を投じ、五年計画でクラゲ発生の予測や抑制に向けた新技術の開発にのり出すと言う。広島大学の上真一教授かリーダーを務め、広島大を始め東京、京都、島根、愛媛の各大学と廿日市市の内水研など、国内の主要水産研究の拠点が集う一大プロジェクトチームである。常々、「くらげのサイエンスを充実させることが必要だ」と語っておられた上真一教授の卓越した知識と経験に期待すること大である。

 しかし、西寄り強風にどのように対応するかマクロな問題は残る。 
 
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