太田川水系の生き物たち−昆虫− 2007年 9月 第77号

(3)カワラバッタ
〜危ぶまれる存続〜


 太田川中下流域の大きく蛇行した川の内側には、砂地に角が取れて丸くなったソフトボールからサッカーボール大の石が転がる河原を見ることができます。夏冬は極端な寒暖にさらされ、時には水没の憂き目にあうこの地は植生に乏しく、一般的に生物がくらしやすいとは思えません。しかし、生物の生息環境としては過酷な、こうした氾濫原(はんらんげん)をすみかとする昆虫たちがいます。そんな変わり者のひとつがカワラバッタです。

カワラバッタ 体長は25〜43mm、トノサマバッタより一回り小さな中型のバックで、成虫は7〜9月に出現します。危険を察知するとよく発達した長い翅を使って、数十メートルもの長い距離を巧みに飛びます。時には高く舞い上がることもありますが、後背地の草むらに飛び込むことは決してありません。それは滑りやすい植物の葉や茎をつかむための爪間盤(そうかんばん)や?節(ふせつ)の発達が悪く、草むらではうまく活動できないからです。後翅の中央にある黒褐色帯の内側は鮮やかな青色をしていて、飛翔時によく目立ちます。しかし外見は、青味がかった灰色の地に黒色の帯班を散らした見事な保護色となっていて、砂や小石に紛れやすく、着地した本種の再発見は容易ではありません。青色の後麹をもつバックとしては、海岸の砂地にすむヤマトマダラバッタが知られていますが、河原や海浜にすむバックの後麹の色が共通しているのは面白い現象です。強い照り返しのなかで、鳥など捕食者の追跡から逃れるため最も有効な色が青色なのかもしれません。

 北海道から本州、四国、九州まで広範に分布する本種は、かつては各地の河原にごく普通に見られていました。しかし、河川改修による河原の消失や狭小化などによって全国的に急激な減少傾向にあり、広島県と広島市市のレッドーデータブックでは、ともに「絶滅危惧」に選定されていて、山口・島根・岡山の各県でも同様な扱いとなっています。安佐南区八木の太田川の河原では、1990年当初、本種を多く見ることができましたが、大規模な河川改修の影響により、復元された河原に再びその姿を現すことはありませんでした。そして、広島県における唯一確実な生息地であった可部町の河原も、2005年9月に台風14号がもたらした記録的な氾濫によって環境が大きく変わってしまい、現在の生息状況は定かではありません。上品で美しく、しかも日本固有種であるこの希少昆虫がたくましく生き残っていてくれるのを願わずにはいられません。(写真・文 坂本 充)
 
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