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 連載 どうして決まる?
「川の大きさ、ダムの大きさ 
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〜もう一度基本高水流量12000m3/秒について&ダムと河道の配分〜

 
2007年 5月 第73号 浦田 伸一

1.12000m3/秒という値についての個人的見解

 前号までに「現工事実施基本計画(略して「現工実」という記述します)では太田川の基本高水流量が計画立案基準に則り12000m3/秒に定められたことを説明しました。

 連載の1月号で高度経済成長期に日本の各種河川でこの基本高水流量が一斉に引き上げられたことは書かせていただきましたが、技術論で言えば「既往最大洪水の大きさから場当たり的に決めるのではなく、超過確率という安全度の概念を導入して、それに見合った降雨規模を設定し、そこからの流量変換で得られた値から決めるようになった」という事に起因しているということを書かせていただいたつもりです。

 さて、3月号の記事で掲載させていただいた太田川の過去の主要洪水の2日雨量と実績流量の関係グラフをもう一度眺めてみましょう(図1今度は図の中に斜めの線を入れてみました。この線が何かと言うと、切片を0とした場合の最小二乗法による相関式です。その式はy(最大流量)=23.233×(2日雨量)。この式のxに1/200確率の計画降雨量396mm/2日を代入すると、それに見合う最大(ピーク)流量は9200m3/秒となります。

 一方、2007年1月29日発表の「太田川水系河川整備基本方針 基本計画高水等に関する資料(案)」より、近年の洪水もサンプルデータとし、過去の実績最大流量そのものを確立処理した流量確率結果を転記すると表1のとおりです。

 さらに、「現工実」で、対象5洪水の降雨パターンから貯留関数法によって流量換算した1/200確率流量(4月号で掲載したものより抜粋)を列記すると、表2のとおり。

 これらをもう一度表にまとめてみます(表3)


 表3をみると、「現工実」で策定された基本高水流量12000m3/秒という値が、かなり(洪水防御論的には)安全側にシフトした値であることが判ります。治水者として安全側である12000m3/秒を採用するというのは分からなくもないのですが、2日雨量で1/200確率降雨量(総量)を算出し、さらに降雨パターンで1/5に絞っているわけですから、単純に考えると実際には1/200×1/5=1/1000もの安全度になっているように思えなくもないです。しかも、表2に示した通り、昭和26年の洪水(降雨パターン)での計算値だけが特別大きな値になっています。

 私の個人的見解で言えば、10500m3/秒あたりが「太田川1/200確率流量」の妥当な値ではないかと考えますがいかがでしょう?

2.基本高水流量の河道と洪水貯留施設への振り分け


 1.で示した個人的見解はともかく、基本高水流量の将来値は「河川整備基本計画」の骨子を作る河川整備基本方針検討小委員会の通過案を見る限りでは現工実の12000m3/秒をそのまま踏襲するようです。だからといって、何が何でもこの基本高水流量を河道整備と従来通りのダム建設で抑え込もうとしているわけでもないそうです。

 安全側にかなりシフトしたその数値から推察すると、寧ろ「行政サイドとしてはここまでは対応する用意がありますよ。」と捉えていた方がいいかもしれません。

 つまり、実際の将来整備計画に関しては、今後住民を交えて検討・策定される「河川整備基本計画」において、各流域住民が感情的にではなく理性的・科学的な知識を持ちつつ、将来の太田川を施設的にどの程度の安全度を持つ河川にまで整備したいのかを意見し、論議していくべきだと思います。

 さて、話を一旦「現工実」に戻します。

 現時点(現工実)ではこの基本高水流量12000m3/秒のうち河道が7500m3/秒を受け持ち、上流ダム群が残りの4500m3/秒を受け持つ計画となっています。

 河道の分担分7500m3/秒については、基準点玖村地点下流(太田川・根谷川・三篠川合流点下流)では堤防幅が少ない、あるいは余裕高が無い等の完全なる堤防ではないところもありますが、概ねこの流量を流せる能力が広島市街の河川では整備されています。

 一方、上流ダム群の受け持ち分4500m3/秒の一つとして近年造られたのが「温井ダム」であり、ダム地点で最大1800m3/秒をカットします。

 ただし、温井ダム地点でのカット量が下流の基準点玖村地点でそのままカットされるわけではないので、玖村地点の上流ダム群分担分4500m3/秒のうち1800m3/秒を温井ダムが受け持っているわけではありません。

 基準点玖村での温井ダムの洪水低減効果がどの程度であるのかは洪水の降雨の地域分布によっても違いますし、今後の施設整備によっても違うため公表されておりません。ただ一つ言えるのは「河道は7500m3/秒流せるし、温井ダムでは1800m3/秒を調節してくれるので合計9300m3/秒までは大丈夫」と思うのは間違いです。極端に申しますと、仮に温井ダム上流の降雨がゼロで、他の流域に降雨が集中すれば、ダムの洪水調節ポケットがいくら大きくても温井ダムの効果はゼロです。(温井ダム付近は太田川流域でも降雨量が大きいところなのでまずそんなことはありません)

 それにしても河道の分担分7500m3/秒と基本高水流量12000m3/秒との差4500m3/秒を、今後どのように埋めていくのでしょう?
 
3.河道の流下能力の再検討

 話は「現工実」から今検討中の「河川整備基本方針」に再び戻ります。

 今年1月に発表された「河川整備基本方針(案)」では河道の分担分を7500m3/秒から8000m3/秒に引き上げられています。この鍵は太田川放水路の河床の状況に起因しています。すなわち、太田川放水路の河床高が計画段階より低い状態で安定しているそうです。つまり、何もしなくても、祇園水門下流の流下能力は計画上の4000m3/秒より500m3/秒多い4500m3/秒が流せるとのこと。

 また祇園水門から基準点玖村地点までは堤防は触らず、河床の掘削で500m3/秒程度の流下能力が向上できるとのこと。
 
4.残りの(4000m3/秒−温井ダム洪水調節量)をどうするのか?

 3.で述べた通り、今検討中の「河川整備基本方針(案)」では、河道の分担分が7500m3/秒から8000m3/秒に増やされています。逆に言うと、上流ダム群の分担分が4500m3/秒から4000m3/秒に削られています

 されど「4000m3/秒−温井ダムの洪水調節量(?m3/秒)」はまだ手付かずの状態です。感覚的には温井ダムクラスの洪水調節機能を持ったダムが雨のよく降る適地にあと二つ必要?というところでしょうか?

 ここで2つの選択肢があると筆者は考えます。

【選択肢1】1/200の安全度を期待しない。今のままでよい。

 基本高水流量は基本高水流量して今のままで良いじゃないか・・・という選択肢です。この場合、今の安全度が気になりますよね。温井ダムの調節量を少なく見積もって1000m3/秒だとすると、玖村地点で9000m3/秒の洪水まではなんとかなりそうです。9000m3/秒という値がどのくらいの流量確率かと言うと、約1/50〜1/100確率の安全度があります(2007年1月29日発表の「太田川水系河川整備基本方針 基本高水等に関する資料(案)」における流量確率図より目視で読み取り)

【選択肢2】洪水調節専用のダムの可能性を考える。

 昨今では「ダムはムダ」というのが一般常識になっているようですが、筆者はあるダムに着目しています。それは、島根県の一級河川高津川の支川福川川にある椛谷(かばたに)ダム。椛とはモミジのことで、ここの紅葉の頃の渓谷美は素晴らしいそうです。

 写真はつい先日4月30日に撮影したものですが、私がこのダムの何に着目しているか判りますでしょうか?実はこの椛谷ダムは巨大な砂防ダムとして昭和31年に造られたものですが、地元(旧柿木村)の方には「あのダムのお蔭で洪水が無くなった」と喜ばれています。その最大の特徴は洪水吐がダムの一番下に付いていて、洪水時以外は水を貯めない事にあります。長期間水を貯めるとどんなダムであれ、その水は淀み、富栄養化や、冷濁水等の問題を残しますが、このタイプだと平常時においてその上下流で水質の変化はありません。

 また、工夫によってはダムの上下流での魚類等動物の往来もなんとかなりそうです。

 堆積土砂も普段は地上に出ているわけですから、これも工夫すれば貯めっぱなしのダムに比べれば処理が容易です。

 このタイプのダムによって洪水調節機能だけを持ったダムを造るという可能性も残されているのです。
 
5.最後に

 未熟者ながら、一時期河川計画にかかわった人間として5回にわたって連載させていただきました。
 太田川においても将来的にどのような洪水防御方法をとるかは流域住民一人一人の意識レベルにかかっていると考えます。私の連載に対して難解とのご指摘もいただきましたが、計画論を理解しようとせず、感情やその時代の風潮、あるいは懐古的な思想だけで動くのは危険だと考えます。「仕組みを知ること。その上で可能性を探ること」。まずはそこから始めませんか?
 
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