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 連載 どうして決まる?
「川の大きさ、ダムの大きさ 
A


「超過確率1/200ってなんだろう?」〜その1
 
2007年 2月 第70号 浦田 伸一

1.守る対象とすべき洪水の規模を生起確率から定める

 前号で、太田川を含め全国の河川は「基本高水流量(きほんたかみずりゅうりょう)」=守る対象とする洪水の規模を、実際に起こった洪水から場当たり的に決めるのではなく、「確率論」から設定するようになったことを書きました。

 たとえば太田川の場合、昭和50年の流量改定で当時策定された技術基準の規定に則り「200年に1回、これを超過する規模の洪水は対象外だけど、その範囲内の洪水に関しては防御対象としよう」ということになった訳です、

 200年と言えば、人生において生きているうちにその子孫を見ることはできない期間です。(だからといって200年に1回規模の洪水が今後200年は起こらない訳じゃないです。この夏起こるかもしれません)
 
 それにしても200年に1回規模の洪水に耐えられる河川というものが妥当な河川像なのかどうかは正直なところ筆者には判断できません。過大と見る方もおられるでしょうし、過小と見られる方もおられるでしょう。

 同じ公共事業でも河川と道路が決定的に違うところはここにあります。河川は人間が住みつく前から自然にあるものであり、元々は「氾濫するもの」でした。氾濫していたからこそ今生活の基礎となっている平地が出来た・・という古代の歴史もあります。


 参考として。国土交通省太田川河川事務所さんが2004年公表した住民アンケート(一般210名対象)をご紹介いたします。同事務所のHPから見ることが出来るのですが、この中に「水害について、あなたがやむを得ないと考える回数はどのくらいですか?」という設問がありました。結果は以下の通りです(図1)。

 この回答結果では、「子や孫の世代を含めて水害にあいたくない」「水害には絶対にあいたくない」の合計が8割を占めます。この結果で見ると1/200という安全度設定は過小なのでしょうか?

 ここで、少し立ち止まって考えてみませんか?上記のアンケートは私に問われても「そりゃ絶対遭いたくないですよ」と答えます。ですが、「絶対災害に遭いたくない」というのは素直な願望であるとは思いますが、水害に遭う確率をゼロにすることはできません。なにしろ相手は「自然」なのですから。
 
2.降雨量で確率処理する? 流量で確率処理する?
 
 さて、「太田川が目標とする治水安全度は1/200である」として話を進めましょう。

 今までの洪水データ(降雨量や流量)から確率処理をして基本高水流量を決定する時、はたして「降雨量」で確率処理するのでしょうか?「流量」で確率処理するのでしょうか?

 現行の技術基準では、以下の理由から洪水規模の確率処理を「降雨量」で行い、適切な流出計算手法(降雨から流量に変換する計算手法)を用いて実際の計画に必要な「流量波形」に変換することになっています。

 その理由は以下の通りです。

(1)流量が観測されていても、流量の観測波形
注1それ自体は、その生起確率の計算等の対象としては必ずしも便利でなく、そのピーク流量または総ボリュームに着目して統計解析するには多くの場合計算が複雑となったり、資料不足のため十分な精度が得られなかったり、などの難点がある。

 注1・流量波形とは横軸に時間をとり、縦軸にその時間時間の流量を描いたグラフ(これを通称ハイドログラフという)

(2)したがって、その取扱いが簡単であって、一般の人々に理解しやすいことから、その洪水の起因となる降雨に着目して、所定の治水安全度に対応する超過確率を持つ対象降雨を選定し、この対象降雨から一定の手法で流量波形を設定することを標準とする。

 
出典・・国土交通省河川砂防技術基準 同解説(計画編)平成17年11月発刊28ページ」

 これを大まかに言うと、「降雨量のほうが流量に比べて一般の人に馴染みやすくて資料の数も揃っているし、なおかつ、統計処理の標本データとして扱いやすい。さらに、降雨から流量に変換する技術は確立されているので降雨で確率処理しましょう」ということでしょうか?

 ただし、近年の一級河川では流量資料もかなり充実してきていますので、将来、流量そのものを用いた「新たな確率処理方法」が開発されるかもしれません。現在でも、流量の最大値に限ってはこれを標本データとした確率処理が可能なまで標本数が揃ってきています。
 
3.○○年超過確率とはなんぞや?!

 では、降雨量で確率処理するとして、そもそも「○○年超過確率」っていうのはなんなのでしょう?

 「確率統計処理」と聞いただけで「わしゃ、そんなもんわからんで!?」となる方もおられるかもしれませんが、お願いですからなんとか耳を、いや目を傾けてください。これが理解できていないと、、現在の治水計画を理解することが出来ないと言っても言い過ぎではないかもしれません。

 具体的な話をすると分かりやすいかもしれません。

 太田川の場合、昭和3年から47年まで(45年間)を対象に最大2日当たりの降雨量データを用いて確率統計処理いています。


 手元のデータがありませんのであくまでイメージですが、これをヒストグラム(横軸に毎年最大2日雨量、縦軸にその生起した回数とした頻度図)に示してみましょう。そうするとおおよそ図2のような分布になっていると思います(あくまでイメージ図です。よくクラスの身体測定結果や成績結果に表されていたアレと同じようなものですが、降雨の場合はやや左に偏重したような頻度図になります)。


 そしてこれに見合う確率関数が色々あります。雨量の年最大値に関して、この頻度に見合う関数の数は10種類くらいあるのですが、その関数の一例を当てはめると図3のようになります(これもイメージ図)。

 こうして、関数を当てはめると画期的なことができるようになります。


 この確率関数と横軸に囲まれた部分(図4の灰色の部分)が100%と考えてみてください。

 例えばこの全体面積の右側の面積が全体の1/10の所に線を引いてみましょう(図5)。・・・これが10年に1回これを超過することがある2日降雨量(=1/10超過確率降雨量)です。図5の○印のしてある降雨量が、10年に1回これを超過する確率であることがお判りでしょうか?

 このように、その水系の降雨量の頻度分布に当てはまる確率関数を見つければ、その面積比率によって1/10確率であろうが、1/200確率であろうが、その確率でこれを超過する降雨量を特定できる訳です。

 太田川の場合も、昭和50年に作られた「太田川工事実施基本計画」において、数種類ある確率関数の中から昭和3年以降45年間の降雨の頻度分布に最も当てはまる関数を選択したのです。

 その結果、その関数形の右側の面積が1/200になった所の流域平均2日雨量が396o/2日(流域面積全体の平均値)となったわけです。
 
4.やっぱり目標とする超過確率1/200は過小ではない?!

 昭和50年の流量改定の契機とされた昭和47年洪水(玖村地点流量毎秒6800立方メートル)の流域平均2日雨量は309.1o/2日、つい最近太田川の最大雨量を更新した平成17年洪水(ダム調節後の玖村地点流量毎秒7200立方メートル・・河川の守備範囲ギリギリ)の流域平均2日雨量は239.8o/2日です。

 これらの洪水の2日雨量を1月19日に発表された「太田川水系河川整備基本方針 基本高水等に関する資料(案)」の超過確率図からそれぞれの2日雨量の生起確率を逆に読み取りますと昭和47年洪水が約1/50、平成17年洪水が約1/10となります。こう考えると、目標とする「超過確率1/200」は決して過小であるとはいえないのかもしれません。
  
5.次回予告と筆者の姿勢

 今号をご覧になられて「なるほど。200年に1度これを越える洪水の降雨量とはこうやって決められていたのか!」と少しでも理解していただけたら幸いです。さて、「降雨量としては超過確率1/200=396o/2日」なんだな・・・ということは理解いただけたとしまして、「何故に2日間の雨量なの?」とか「では河川工事やダムの計画に必要となる”流量”にはどうやって換算するの?」という疑問がまだ残りますよね。それは次号以降で説明したいと思います。またまたお楽しみに!・・・ってそんなに楽しくはないかもしれませんね。

 でも、とっても肝心な部分です。是非是非お付き合いくださいませ。なおこの連載では。筆者の基本的な姿勢として、一般に開示された資料を基に客観的な立場から皆様の判断材料となる情報を提供することに徹していきたいと思っておりますのでその点よろしくご理解ください。
 
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