●自然保護運動

自然史をよみとく中で 科学的思考力を身につける
〜安芸太田町・殿賀小学校の総合学習〜
2007年 5月 第73号


 本誌の「太田川水系の生き物たち」に去年から、昆虫について執筆いただいている広島市森林公園昆虫館の学芸員、坂本充さんから、自らが指導している殿賀小学校の総合学習(環境学習)で学校近くの江河内谷川(太田川支流)の生き物について学習を進め「生徒がすばらしい「科学画」を描いているから是非取材を!」との提案がありました。そこで新学期が始まって1ヶ月の殿賀小学校を訪れて授業の様子を取材、坂本さんに授業展開の手法などについてお話をうかがいました。(取材・篠原一郎)
 

江河内谷川の生き物

 殿賀小学校は加計の中心から国道191号線を西へ約3キロ、町立加計病院の隣にあります。全校生徒20人、複式学級で(1〜2年生=5名、3〜4年生=7名、5〜6年生=6名)の3クラスあり、総合学習は3〜4年生と5〜6年生の2クラスで行っています。
 坂本さんの指導で環境学習を始めてから今年は2年目になります。共通のテーマは学校のそばを流れる「江河内谷川」の水生生物について学ぶこと。総合学習の時間は年間110時間(3〜4年生は105時間)ありますが、年間35週で割ると1週間に3時間程度になり、今年から芸北地区の総合学習のリーディングスクールになっている同校ではこの内の3分の2をこの学習に充てています。
 
トンボの幼虫「ヤゴ」の科学画

 5月初旬の1日、3〜4年生(宮重珠美先生)のトンボとヤゴの研究の授業を取材しました。午前11時25分からの第4時限と午後2時からの第5時限(各45分間)の授業です。午前中の授業では、先生の指導で、生徒7人(女子4、男子3)が長靴を履きザルを持って学校のすぐ脇を流れる川に入り、川底の土を掬って、トンボの幼虫「ヤゴ」を採集します。「先生!大きいヤゴとれたよー」「抜け殻もあるよー」「トンボもとれたよー」。元気な子供たちの声が響きます。気温は24度、水温も21度、5月の太陽をいっぱいに受けて約20分、全部で14匹のヤゴが採集されました。それを教室に持ち帰って、午後は拡大鏡を通して観察、「科学画」の作成です。方眼紙の上にヤゴを置いて、体長、最大の腹幅を測り記録をとります。そして観察しながら「科学画」に描きます。測った体長や腹幅を何倍にして描くか?コンパスを使って画用紙に印をつけて描く大きさを決めてから細かい部分の描写にかかります。

 去年先輩の描いたすばらしい「科学画」があるので、それを目指して皆一生懸命。子供たちに授業の感想を聞くと「ヤゴや魚を採って、ヤッターと思う」「楽しい、特に科学画を描くのは難しいけど、うまく描けたらうれしい!」「4年生がいろいろ教えてくれるから楽しい」みんな授業が好きのようです。

 指導する宮重珠美先生、河野千恵先生もこういう授業は初めての経験「最初は、授業のイメージもつかめなかったが、子供たちは川が好きだし、生き物が好きだし興味が持続して広がって行くので、私たちも子供と一緒に学んでいます。例えば阪本さんは何故目が横についているのか?とか、物事には何でも何故があって理由がある。その答えは必ず自然の中にあるといわれますが、昆虫に限らずいろんなものに子供らがそういうように考えさせる力が育っていることを感じます」と話します。

「自然史をよみとく」=科学的思考力

 坂本さんは「科学画」を観察の一つの形態だといいます。子供に「観察しろ」といっても何を見ていいか分からないが「画を描く」ことになると、「毛があるか、ないか」「足が何本あって。いくつの関節があるか」見なければならない。観察の最も先鋭的な形態が「科学画」だといいます。これが環境学習を歩みだす第一歩です。

 「科学画」を描いた後には何があるのか?更にその先は?そして最終の目標は?毎月1回指導に通う坂本さんはこの総合学習を「根幹を理科に置き換えてそれを中心に進めながら国語力や、算数的な考え方とか、情操的なもの、他社に伝える表現力とかの力をつけていく、他教科との連携を考えていくことがねらいだ」と語ります。

 坂本さんはそれを「自然史をよみとく」という言葉で表現します。「自然史」とは自然の事象、それを「読む」とは観察すること、そして「解く」とは分析すること。坂本さんは「総合学習などで進める環境汚染の問題などでは一般に観察して、データを出してその後評価、感想を書くことで終わる例が多い」「自分の場合は江河内谷川の生物や環境を観察した後、分析をする。そのねらいは“科学的な思考力”をつけることだ」といいます。

 今後生きていくうえで色んな所で役立つベースになる「科学的な筋道を立てて考える」その方法を教えてあげる…しかも楽しみながら、喜びながら教えてあげるのだ」これが坂本さんの考えです。
 
国語、算数も同時に学ぶ

 「科学画」の後に何をするのか?描くことで得た情報の整理が次の段階です。科学的に捉えた特徴でヤゴを分類して表にします。これを「絵解き検索表」といっていますが、この時に国語力、算数力が養われます。特徴をどう捉えるのか?単に「目が小さい、毛が多い」という表現ではダメで他の個体と関連付けて「腹部先端に長細いヒレのようなものがあるか?ないか?」というような細かい表現で分類するわけですが、捉える特徴の表現が出来るだけ短く的確にする中に言葉で表現する国語力が要求されるということです。この段階では論理的な思考ではあるが、まだ「分析」=科学的思考にはなっていないといいます。

 検索表によって分類されたある種のものは皆大きい。あるいは小さい。ヤゴには大中小があり、それはどうしてなのか?どうして違いがあるのか、謎解きをして考える。これが分析=考察です。そしてその違いが生まれた年によること。大型ヤゴは、ヤゴからトンボになるのに3〜4年かかる「オニヤンマ」の種類、中型2年かかる「サナエトンボ」そして小型は1年生の「シオカラトンボ」になることを理解していきます。そして、ヤゴの大きさをグラフに落として、3つの群になった表を見ながら江河内谷川のヤゴの全体像を把握し、すべての経過を科学リポートにまとめて発表する。

 これが「自然史をよみとく」ことによる「科学的思考力」をつける授業の概要ですが、今年の5〜6年生クラスでは更に、「調和水槽」の実験に挑戦します。

調和水槽

 「調和水槽」というのは水槽の中に小石と砂を敷き、その上に水草を植えます。水を入れて朽木をいれ、中に小さな魚「ヒメダカ」を入れて飼育します。水槽の中に入れたもの夫々の働きによって水槽の中は調和が保たれていることを調べる実験です。

 水草は砂と意思でしっかり立ち、光合成をして酸素を出します。おかげで「ヒメダカ」が呼吸できます。ヒメダカの排泄物は朽木が吸収してくれますし水草の肥料になる。夫々の働きを確かめるために水草をいれない水槽、朽木を入れない水槽も作り比較をしていきます。

 坂本さんは更にこの「調和水槽」に実験を江河内谷川の場に移して炭の水の浄化作用を実験しようと考えています。川に炭を入れて水を浄化するのです。今年の夏には地域の人々と炭焼きをして、炭を作る計画です。
 
地域を愛する心を育てる

 坂本さんは「総合学習を通して科学的思考力を身に着けることが学校教育としては目標なのだが生物専門家のサポーターとしての自分の立場は、その上に子供たちに地域を愛する心を育てることが大きな目標なんです」と語ります。「子供たちは大人になって都会で暮らすかもしれないが、そうなっても子供の時に心に刻んだ江河内谷川の環境を忘れないし、それがその人の人格のベースになる。そのためには環境教育は身近な地域の中でテーマを見出していくことが大切です。

 今、環境教育というとエネルギー問題とか、リサイクルとか、どこでも出来ることに取り組むことが多いが、やはり身近な太田川。太田川でなくては出来ない具体的な地域のテーマが必要なんです」「その意味で、殿賀小学校の子供たちはすばらしい、小規模校だけにみんなが熱心で協力、その集中力ですばらしい科学画を描く。自分が指導する小中高校11校の中でぴか一です」と語ります。

 今年4月、同行へ赴任したばかりの酒井和尊校長も「今、教育界では総合学習や体験教育など「ゆとりの教育」で学ぶ内容を減らしたことが学力低下をまねいたという批判がありますが、私はそう思わない。自然の中での体験を通して学ぶことが本当の学力になる。地域の人々も協力的で、ここではそれが出来ると思う」と語っています。
 
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