魚部ってる人たち   牧江由太 2008年 5月 第85号


 「魚部(ぎょぶ)つてる?」.そんな言葉がいずれ全国区になるかもしれない。

 魚部とは、れっきとした高校の部活。福岡県北九州市の県立北九州高校の部員たちは、土日ごとに川や池や干潟に繰り出し、泥が顔に付くのもかまわず、ドジョウやゲンゴロウ、ハゼなどを追い求めているのだ。

 1998年4月の結成から10年を経過。世間を驚かす発見も続々。顧問の井上大輔教諭や部員たちには「気づかれないうちに生物の生息地が消えていっている。身近にいろんな生き物がいることを市民に知ってもらい」という思いがあるという。どのような部なのか知りたくて部室にお邪魔した。

 ドジョウを中心に約50の水槽が並ぶ部室。元は家庭科室だったらしいが面影はない。黒板には「一網入魂(ひとあみにゅうこん)」と書かれている。ジィーっと水槽を見つめる生徒がいれば、3ミリ足らずのゲンゴロウの標本を作る部員もいる。「俺達魚部。」の横断幕も存在感たっぷりで、「いかにも魚部ですね」と納得してしまう。

 魚部が生まれるきっかけを作った創部以来の顧問の井上先生に魚部の歴史を教えてもらった。

 文化祭を盛り上げようと、帰宅部だった生徒たちに井上先生が呼び掛けて集まったのが初代部員。「紫川の魚展」の成功が魚部誕生につながり、「知ること、伝えること、守ること」をテーマにした活動が始まった。2年目には、学校の中庭にビオトープ作りが始まり、今も北九州産の水草デンジソウや淡水魚のニッポンバラタナゴの保護に取り組んでいる。

 知ることにかけては、実績がすごい。島根、広島山口県の一部と福岡県北部にしか生息しないイシドジョウの調査は、4水系の地点以上で生息調査を行い、ほとんど未知の生息地だった3水系8地点で生息を確認した。「冬には河から姿を消す」という従来の考えを覆し、北九州では、冬期にも河床でイシドジョウを見られることを発見した。部員たちは、島根県の一例しかない水槽内での自然繁殖にも成功している。

 福岡県全体で現地調査があまり行われていなかった水生昆虫の分野でも発見が相次ぐ。キボシチビコツブゲンゴウなどの県内初記録のゲンゴロウを3種採取するなど大きな成果を上げている。

 現在のゲンゴロウ類調査のエースは、後輩部員から「網の入れ方がすごい」と尊敬のまなざしで見られている唯一の三年生森岡勇規部長だ。昨年10月には、北九州で46年ぶりに環境省レッドデータブックの絶滅危惧I類「コガタノゲンゴロウ」を採集している。「池はサプライズ的な要素が多い」と、とつとつと語る森岡君のまなざしに、なんだか青春を感じた。

 魚部の研究成果に触れるのなら、小倉中心部の水環境館がおすすめ。開館半年後の2001年3月から、水辺の生き物の展示活動にかかわるここには、河川観察窓かおり、スズキ(セイゴ)、クサフグなどが泳ぐ姿や、比重の違う海水と川水が作る「塩水くさび」も見ることができる。
 平日でも幼児を連れた母親や、サラリーマンが訪れている水環境館はまさに伝える場所。ドジョウなどの興味深い水槽展示と合わせて書かれる「今、水生昆虫が消えている」などのストレートな訴えは、年間約50日フィールドワークに出かける魚部だから説得力を増す。ほかにも伝える活動として、小学校などへのゲストティーチャーに出向くこともある。北九州市立自然史・歴史博物館刊行の「北九州の淡水魚」などの刊行にも、調査記録が生かされている。

 現地訓査で、人の手による希少種の消滅の危機と直面することがある。希少種のゲンゴロウが見つかったため池が、東九州自動車道の調査で水が抜かれたこともあった。「遠い自然にあこがれるんじやなく、すぐそばの池、川、干潟にもいっぱい生き物がいる。残っている所はちょっとしがないのに、最後のだめ押しをしたくない」と話す井上先生は、人と自然の共生方法も模索する。魚部が蓄積した成果を希少種生息地を保全にも生かしたいと行政などに働きかけ、担当者が工事方法などに配慮したケースもあるという。

 カジカ、ヤマトシマドジョウ、アカザ・…現11人の部員たちが採取して感動した生き物はさまざま。1年生の木谷昌喜君は「ナマズ系が面白い」。2年生の永冨拓也君は「目的にしている生き物が捕れたらうれしい」。同じ2年生の安福一眞君は「仲間と一緒に活動できるのが楽しい」・・・。それぞれに部活を謳歌している姿を感じられたのがうれしい。

 「今日も魚部ってきます」。そんな部活か全国にできればいいなと思った。

 
 
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