●若者放談(1)

 「川のものさし」を取りもどそう  2005年10月 第54号

 
 この夏、久々に川遊びを楽しんだ。釣ったオイカワやカワムツを焚火にかざしてはビールに酔っぱらい、淵に飛び込んでは腹を打って呻いた。あるいはダッキー(ゴムカヌー)で川を下って瀬に沈し、あるいはどぶくさい下流の川の水を浴びて辟易した。太田川とその支流の安川で幼少期を過ごしたぼくは、川に入ればどんな場面でも常に笑っていられる。

 そんなぼくが、勤め先の進学塾でフィールドワークを主体とした太田川の水環境調査のコースを立ち上げたのは、一昨年のことだ。

 ぼくはそこれ、「川を知らない」子ども達にであったのだった。

 釣りをしたことがない、生きた魚を触ったことがない、、川原に降りたことがない・・・。フィールドワークの一環として行われた「ハヤ釣り」を一から子供たち(小学校4・5年生)に教えながら、こんなこと教わるようなことじゃないんだがなあ、とついたため息も、初めての獲物を手にした子らの輝く笑顔にすぐに引っ込んだ。

 しかしここで再び考えるのだ。ハヤ釣りなんて、いったんコツを飲み込んだら簡単なもの。大人は機会を与えてやるだけでいい。子どもが川の内水面に触れる、最も手軽のな方法といえるだろう。渓流釣りやアユ釣りに比べて、ハードルがずいぶんと低い釣りなのだ。

 けれど「川を知る」、というのは一朝一夕のことではない。「知る」という表現がおこがましければ、「意識する」と言い換えてもいい。ぼくなんか愛車のGTVを走らせていても、つい川面へ目をやってしばしばハンドルを切り間違えそうになるわけだが、すべての人がそうではないことを、このコースを立ち上げて初めて知った。


 コース授業の一環として、「太田川」に対する意識調査を目的としたアンケートを、生徒と保護者70人を対象に行ったことがある。アンケートの最後は、「太田川のイメージ」についての自由記述欄である。年代別にまとめたのだが、これが面白い。

 年齢別に7グループに分類した集計結果を、おおまかに35歳以下と36歳以上とに分けると、ちょうど人数的に半数ずつに近づいてくる。仮に前者をU-35、後者をO−36としよう。

 両者を比べてみると、太田川に対するイメージや意識における世代間格差が明確に見えてくる。U−35よりもO−36の方が、記述がより具体的で文章量も多いのだ。U−35の回答に見られる「大きくて広い川」「広島で一番有名な川」「一級河川」といったものは、しょせんレッテルでしかない。それに対してO−36の回答には「心のふるさと」「洪水」「アユ」「飯盒炊さん」「水泳」と、良くも悪くも肌で太田川を感じてきたことがわかる記述が多い。前者の教科書的な回答に対する、後者の生活密着型の回答。この違いはなんだろうか。

 環境意識を示す回答を拾ってみるうちに、それがだんだん見えてくる。U−35では「きれいそう」「少しきたない」といった単純なイメージの記述が目立つのに対し、O−36、特に50代以上の方の記述には「川自身が自分で水をきれいにすることができなくなった川」「護岸がコンクリートで自然の草木が少なくなった」「中流でも飯盒炊さんができたほどきれいでおいしい水だったのが、今のよごれをみると本当にさびしい」など、「現在の姿」に「過去の姿」を照らし合わせて、太田川の現状を憂える記述が多い。

 「これだ!」ぼくは思わず手を打った。O−36の人たちは、自分の中に「本来の川とはこうであるはずだ」という「ものさし」を持っているのに対し、U−35の方は基準となる川のイメージがないのだ。

 この「ものさし」にはむろんO−36のなかでも、さらに世代間の差はあるだろう。だが、心の中に「ものさし」を持っているかどうか、この差は大きい。「ものさし」を持たない若年世代、さらにその子ども達が、川への意識・関心が薄いのはやむを得まい。なぜならこの「ものさし」は川での実体験からしか生まれようがないからだ。


 ぼくは現在35歳だから、ちょうど中間世代にあたる。高度成長期にあたっていた1970年代、毎日のように出かけた安川に他の子どもの姿は少なかった。工場廃水が流れ込む噂はすでにあった。

 でもぼくは川を選んだ。それは父が、祖父がそうだったからだ。そして、まだそこには子どもを許容するだけの豊かな自然があったからだ。モクズガニが何匹もとれた川だったからだ。こういった経験がぼくの「ものさし」となった。

 いま、安川沿いの道路を走るとき、ぼくはちくりと胸が痛む思いがする。川底から河岸までコンクリートで覆われた人工の川が、拗ねたようにそこに横たわっているばかりだから。

 すべての川がこうなってしまわないうちに、子ども達に川の「ものさし」を生みだす場と機会を用意してやること。これはぼくたち大人の課題だ。 
 
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