名古屋港水族館

ウミガメの話 名古屋港水族館 斉藤知己
2006年3月 第59号

 
 本誌会員には、故原哲之前代表の恩師、先輩、後輩など京都大学時代のゆかりの方々が20人近く居られます。原代表の一周忌(4月6日)も間近ですが、原さんの後輩、名古屋港水族館の斉藤知己さんが、ご専門のウミガメの産卵とそれを観察するイベントについて、と原さんの思い出の原稿を寄せられましたのでご紹介します。
 


 「環・太田川」のコンセプトは、「川を媒体とした、人も生物も含めた周辺環境全体の保全」ということになるかと思いますが、当然、瀬戸内海から出て、砂浜も、大海原も、その延長上にあるといえましょう。広島県の方には馴染みがないかもしれませんが、雑学が重宝がられる時代でもありますし、今回は少し、ウミガメの話に耳を傾けて頂きたいと思います。
 

 日本近海で見られるウミガメは、現在のところ5種類とされていますが、沖合に来遊するだけのオサガメとヒメウミガメを除いて日本の海岸で産卵をするものを挙げると、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイの3種類となります。

アオウミガメは日本では小笠原諸島、屋久島以南の南西諸島で産卵をします。この種の甲羅の縁あたりにある脂肪は、英国王室の正式晩餐メニューにもあるウミガメのスープの材料とされ、カリブ海の英領ケイマン島にはアオウミガメの養殖場もあります。

タイマイも沖縄島以南の南西諸島において、数は少ないですが産卵が確認される種で、甲羅の鱗がべっ甲の材料となり価値も高いことから乱獲がすすんで絶滅の危機に瀕死しています。

アカウミガメはそれらと比べて、最も北方の日本列島の太平洋側沿岸を主な産卵場の一つとしている種です。ですから、日本の海岸でウミガメの産卵が目撃されるとすれば、ほとんどがこの種で、最も日本人に馴染みの深いウミガメと言えます。
 
 瀬戸内海でのウミガメの産卵といえば、最近、明石の海岸であったようですが、めったにありません。アカウミガメの産卵は普通、5月下旬から8月中旬の夜間、暗く、静かな砂浜でひっそりと行われます。メスのアカウミガメは砂浜に上陸して、産卵場所を見つけると、まず、その周辺の砂を払いのけるような行動をします。次に、後ろ足を交互に使って、直径15cm、深さ50cmくらいの産卵用の穴を掘っていきます。それが済んだらいよいよ産卵をします。卵は直径40mm弱、重さ40g弱の球形で、1回の産卵時に100個くらい産み落とされます。卵を産み終えた後はそれを埋め戻します。再び後ろ足を器用に使って、砂で踏み固めるように埋めていきます。最後に産卵場所を他者に分からないようにするため、その周辺一帯を前足、後ろ足を使って砂の表面をかき乱します。これら全行程で1時間半から2時間くらいかかります。
 
 
 アカウミガメによる産卵行動の観察を観光の目玉にしている所の一つに、徳島県の日和佐町があります(2006年3月31日に由岐町と合併して美波町になります)。町の東に面した大浜海岸では、繁殖期間中、数十頭ものアカウミガメが上陸し産卵するのです。大浜海岸を直下に見下ろす位置に、「うみがめ博物館カレッタ」と、「うみがめ荘」という施設が立ち並んでいます。昼は博物館ウミガメの勉強をし、夜には宿舎でウミガメの上陸を待ち、連絡があったら観察に行く、という大変有意義な1日が過ごせます。
 
 一方、夜の水族館でウミガメの産卵を待ち、観察をするというのもオツなものです。名古屋港水族館では、ウミガメの水槽に人工砂浜を連結させて造成し、繁殖に取り組んできました。その結果、1995年から2005年まで11年連続してアカウミガメの繁殖に成功しています。このことを利用して、年に1回だけですが、「ウミガメの産卵観察会」というイベントを催しています。

ウミガメの産卵は1シーズン中に、1頭につき12−14日間隔で4−5回行われますので、2回目以降の産卵日を予測することがある程度は可能です。さらに血液中の性ホルモンの検査、また超音波診断(妊婦が産婦人科で行っているものと同じ)によって、その精度を上げることができます。

そこで、水族館でのその年最初の産卵があると、他の産卵候補のウミガメ数個体も含めて産卵日を予測し、最も産卵のある可能性が高い日にお客様をお呼びし、水族館に泊まっていただきます。
宵のうちは職員によるレクチャーなどを楽しんでいただき、その後、職員達と語り合っていただいても、マグロの水槽前などに寝ていただいても構いません。とにかく、一晩中ウミガメの産卵を待ち、夜明かしするのです。こんなことができる水族館は、世界中探してみても名古屋港水族館しかありません(ちなみに淡水ガメの産卵観察会は姫路市立水族館が行っています)。
 

 しかし、日和佐と名古屋、自然下と人口下、どちらにしてもウミガメの産卵が必ず見られるというわけではありません。野外だったら、雨の日だってあるでしょうし、虫に刺されるでしょう。「自然は甘くない」、「待つのも勉強」と諦め、たまには、お膳立てされたものばかりでなく、予測のつかないフィールドワークの難しさ、辛さを味わってみるのもいいかもしれません。いや、それこそが本来の自然との付き合い方なのかもしれません。

 また、水族館のウミガメは人に慣れているといっても、産卵を控えた雌はやはり神経質です。観衆の過大な期待を知ってか、裏切られることも多く、お客様に産卵を見ていただくに至った回はこれまでの半分くらいです。
何年か続けて参加されて、ようやく産卵に立ち会われたお客様もいらっしゃいますが、そういう苦労もあってか、感慨はひとしおのようです。皆さんも一度いかがでしょうか。
産卵はもちろん、孵化した子ガメが這い出してくる瞬間を観察しようというイベントなどもあります。興味のある方は是非ホームページなどをこまめにチェックしておいて下さい。

 
 さて、ウミガメなんていなくても困らない、という方がいらっしゃいます。たしかにアオウミガメやタイマイなど、産業に結びついたものを除くとウミガメはあまり人間の生活に関係ありませんから、そう思われて当然かもしれません。

ウミガメが減少している原因としては、乱獲、混獲、卵の盗掘などはもちろん、産卵場の消失もあげられます。海岸の護岸工事などによって産卵場である砂浜を失っていくわけです。
ウミガメの祖先は約2億2千年前から、敏捷さの代わりに硬く思い甲羅を発達させて防御力を強化し、他の生態系の構成員と関係を保って生きてきたといわれます。人類の祖先はたかだか300万年に過ぎません。

現在、ウミガメが絶滅の危機にさらされているのは、産業革命後の人間の経済活動によることは明らかでしょう。ウミガメの繁栄を可能にした防御力を簡単に打ち破る道具があれば、重い甲羅は裏目になります。そんなのろまな生物こそ人類の圧力を最大に受け、一気に絶滅へと向かうのは想像に難くありません。ウミガメはそういう意味で、どれだけ地球の中で人類の圧力が過度になっていないかどうかを表すバロメーターといえるのではないでしょうか。
ウミガメがいなくてもと困らないということでなく、ウミガメも生きられないような世界でいいのか?ということです。私が言うまでもなく、環・太田川の読者ならすでにお分かりかと思いますが、これからは、多種多様な生き物、例えばのろまな生き物でも、宇宙船地球号の乗組員全てが共存できる世界にしていくこと、人類の活動が過度にならないようにバランスをとっていくことが重要ですよね。
 
※斉藤さんは平成25年現在、高知大学総合研究センターの准教授となられています。
 
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