●ブラリスト小林一彦のあしたはどっちだ?!

 (2)あんたが大統領?! 2001年 6月 若鮎号

 
  今のように吟醸酒がブームになる、そのちょっと前の話である。当時、吟醸酒というのは、まだ一部の酒飲みの密やかな嗜みであった。よくウブな友人をカモにし「チミはほんとうの酒の奥深さを知らんようだな。どれ、俺がひとつ、これぞ日本酒!というものをとっておきの居酒屋にて懇切丁寧にレクチャーしてあげるから、スポンサーになりたまえ」みたいなカンジで労せずしてまんまと旨い汁、いや旨い酒にありついたことも数知れず。俺にしても同様の手口にのせられ、吟醸酒の芳醇で清楚な味わいに魅せられたひとりなんだから、まあいいじゃないですか、世界に広げよう酒飲みのワッ!てな具合。
 
 さて、その頃の某日、男ばかり4人で、吟醸酒の鮮度や味を保つため徹底的に温度管理していると評判の市内某居酒屋へ繰り出した。客も若者など皆無、酒にうるさげなクセのあるオヤジ達ばかりである。ここで怯んじゃいかん。虚勢をはって座敷席にどっかと腰を降ろすなり、聞こえよがしに通好みの銘柄など並べ立てて、結局安い酒を注文。そしたら、隣のテーブルにいた、どこかの大会社の重役とおぼしき身なりも恰幅もいい中年男性が「ほほう、近頃の若いモンは、日本の伝統文化を少しも大事にせんと思うとったが、あんたらにはこの酒の良さがわかるようじゃの」と声をかけてきた。ちょっと酔っていらっしゃるようなので、俺らも薄ら笑いを浮かべて「ははあ、どうも」などと曖昧に応えたのだが、中年氏は、なにを思ったか大きなゲップなど漏らしつつこっちににじり寄ってくるではないか。「ワシャあ、前々からゆうちゃろゆうちゃろ思うとったんじゃ。いやほんま、最近の若いヤツらはなっとらんよッ。あんたら、日本の伝統をどうするつもりなんや?ええ?」

 酒の席とはいえ見ず知らずのオッサンから、頭ごなしにこんな理不尽なこと言われて黙っている俺ではない。早速、中年氏に向きなおってしゃあしゃあと反撃に出た。「無礼なことおっしゃいますね。そうゆうあなたは腕に高そうなロレックスはめてらっしゃるし、見たところスーツも香水も眼鏡もネクタイピンもズバリ舶来でしょ。そっちこそ日本人の伝統なんて微塵もありゃせんじゃないですか。フンドシ締めて着物着てゲタ履いて、チョンマゲでも結ってるんなら説得力もありますがね」とやりかえす。と、中年氏、逆上するかと思いきや、「ウホホホ.、おっもしろいことゆうなあキミは。もっと聞かせんさい」自分の席から切子のマイグラスを持ってこっちへ移ってくるではないか。なんじゃこのオッサンは?!

俺「だいたい伝統とか文化とか、守らにゃいけんと口にした時点で、それだけでその文化はすでに価値も魅力もなくなっているんじゃないんですかねぇ。力の無くなった文化は淘汰されて自然に消滅していく運命です。好きなもの、心地よいもの、旨いもの、かっこええもの、時代に必要なものは頼まれなくても、誰に言われんでも継承されますけぇね。歌舞伎も能も狂言も残っとるけど、あれだって見たい人がおってやりたい人がおるから続いているんですよ。長い人類の歴史の中で、そりゃもう物凄い数の文化や伝統が消え去ったはずです」
オッサン「なあるほどナ、で、それからどうした?」
俺「映画もそうでしょ、サイレントの弁士からトーキーにとってかわったんですよ。その次はモノクロから天然色になったし、今なんかドルビーでサラウンドです。あなたのゆう文化というのはどこらへんのことかわからんけど、たとえばこの吟醸酒にゃパワーがある。だから若いヤツにもわかる。力のある文化とはそうやって時代を超えて生き長らえていくんじゃないですか。つまりはこれすべて、自然淘汰、滅んでいくのは力の無くなった証拠。いつまでもしがみついてないで、さっさと捨てちまいましょう!」

駅長も駅員も、すべてネコ!というウワサの可部線やすの駅。ギターを持って改札を抜ける
ブラリスト小林を、写真右下のネコ駅長が律儀にお出迎え。気分は銀河鉄道…


 オッサン「がははははっ、ぐぉっぷ(ゲップの音)、なかなかゆうのう!!あんた大統領になれや。いや、その前にウチの会社に入って、朝礼で社員どもにその話をしてくれい。仕事せんヤツぁ、自然淘汰でどんどんクビにしちゃる!」
とまあ、こんな限りなく不毛なやりとりを1時間ぐらい続けたろうか、こちらもかなり酔いがまわってきて、ろれつがレロレロしはじめた時、ふいに友人が漏らしたひとことでシラフに戻った。
「小林よ、自然淘汰ってゆうのもわかるけどサ、そんなに短絡的に割り切っちゃいけないもんもあるんじゃないの?」
「ナヌ、なんのこっちゃ?」
「たとえばインディアンとか、何代も先の子孫のこと考えて環境を守ったりして慎重に行動してきたわけだろ。みんなが振り向きもしなくなったものでも、残していく必要があると感じて、ぎりぎりのところで立ち上がった先人がいたんだよ。人類は自然界のケアテイカーとして重要な使命をしょってるんだ。大切なものなら、たとえ独りになっても、どうせわかってくれないからって黙り込むんじゃなく、前向きにどんどん発言して、人々を刺激していくべきと俺は思うよ。小林はシンガーでもあるけど、おまえは自分の歌をわかってくれるやつだけ聞いてくれればいいっていうスタンスだろ。でもほんとは、おまえのこと、ちっともわかってくれないヤツにこそ歌いかけていかなければ、時代はスパークしないんじゃないのか?」
俺のことをわかってくれないヤツに向かって歌いかけろ、だと?…思いもよらなかった。スゴイこと言うじゃないか。おまえこそ大統領ぞ。俺はこれまで魂の冒険者を気取りながら、その実、予定調和の中で収まろうとしていたのかもしれない。そうなのだ!なにかを伝えたいのなら、クールを気取っている場合じゃないんだ。思い込みにがんじがらめになって、ちっぽけな世界に閉じこもっていてはダメだ。馴れ合いからは何も生まれてこんのじゃ。よっしゃ、なにから始めたらいいのかわからんが、とにかくやったるゼ、カモンベイビー俺のまっすぐなLOVEを受け止めてくれええええ!!

 これで俺の単純さが御理解いただけたと思う。それにしても、出し抜けに日本の伝統文化がどうのこうのではじまった意外な成りゆきで出会った珠玉のメッセージ。「わかってくれないヤツにこそアプローチせよ」。以来、これは俺の行動のバックボーンになっている。これこそ見返りを求めない愛のカタチ。前号のコラムを読んでくれた人の中で、「環境問題に興味のない、わかってくれない人にこそ語りかけていかなくては大きなうねりは起こせない」という一文に共感した、という方が何人かいらっしゃったので、それに関したエピソードを吐露した次第。
 が、このハナシには後日談がある。あとで例の友人に、「おまえもたまにゃあエエことゆうのう。俺は感動したで」と言ったところ「いやあスマン、俺も酔ってて何話したか全然覚えてないんだよ」…お互い、大統領は無理のようだ。
 
当ホームページ上の情報・画像等を許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます。