川の街広島の伝統 「雁木」を活かす!
〜雁木タクシー(雁木組)氏原睦子理事長に聞く〜
2008年 1月 第81号 

  水の都、広島を象徴する雁木は市内6つの川に約400ヶ所あります。これを水上交通の船着場に活用し、6本の川のどこへでも行けるという雁木タクシーが2004(平成16)年に誕生して3年。運営をするNPO法人「雁木組」の調査活動によって雁木の歴史的建造物としての価値が改めて見直され、土木学会の「選奨土木遺産」に指定されるという動きになっています。
 「雁木組」理事長の氏原睦子さんは、9年前にご主人の転勤で東京から広島へ移住。来広以来、様々な地域づくりの活動に関わり活動を続けておられます。今回は、広島の川を活かした地域づくりを中心に、氏原さんの考えをうかがいました。(取材・篠原一郎)


 
「9年前に広島へこられて様々な地域づぐりの仕事にご活躍ですが広島で川を活かすという考えを抱かれたのはどんなことから?」

 
川に親しむ暮らしを取り戻す

 東京や横浜の川の多くは、フェンスや柵で囲われたり、小さな川は暗渠にされてしまったりして川が人から離れているんですね。私はコンクリート三面張りの水路と化した川を自然にもどす川づくりに設計者として関わったことがあるのですが、広島へきてみるとフェンスや柵がないばかりか、川まで降りることが出来る雁木があるので感動しました。

 整備の進んだ100万都市の中で土羽打ちの自然護岸が残り、いつでも水際におりることができる雁木が新旧含めて400ヶ所近くもあるのは、本当に珍しいことです。広島の人々は普段から見慣れているので当たり前になっているんでしようね。でも、私にとっては新鮮に映りました。雁木や石積護岸のデザインや工法も個性的で、潮の干満による水位の変化とあわせて、広島のまち独特の景観を生み出しています。

 
「そんな雁木の存在は、ほんの少し前まで川が生活物資の運搬や日常の交通路として、身近で大切たったことを物語っているんですね」

 雁木は、人々の暮らしと川とを結び付けるよりどころであると考えています。雁木組は、川と人が親しかった時代の暮らしを取り戻すことをめざして、雁木タクシーの運航を柱に、水辺の様々な活動を展開しています。

 広島市は「泳げる川づくり」を進めていますね。わかりやすくて象徴的で、すばらしいテーマだと思います。広島に川の文化を取り戻すには、あるいは新たにつくりだすのに、川に入ることが一番と思います。私たちも、一人でも多くの人を川にひっぱりこんで、川から街をみていただきたい、という思いをもって、雁木タクシーを走らせています。

 
桟橋より理に適っている雁木

 広島では、水上交通の可能性について様々な立場から研究がなされてきたのですが、結局干満の差が大きいので、船を走らせるためには橋げたを高くしなければとか、川を浚渫しなければならないとか、更に桟橋をいくつも造らなければ、というようないずれもインフラ整備を前提とする議論が交わされ、費用対効果や採算性の面で実現は難しいという結論が出されてきました。

 けれども、今でも400ヶ所も船着場がある訳ですし、これを利用しない手はない。いまだに「船」イコール「桟橋」。「桟橋」イコール「安全」という固定概念が蔓延していますが、広島の川では「雁木」は理にかなった優れた施設だと思います。工夫次第で十分に安全は確保できます。広島ならではの財産があるのに全国画一の桟橋を用いたのでは面白味にかけると思いません? 将来的に常時使える施設が整備されるのは望ましいけれど、それが桟橋スタイルとは限らないし、既存の施設を活用してソフトを先行し、工夫を重ねてから、という思いです。

 実際の利用については400ヶ所の内、現在約50ヶ所を船着場に利用していて、特に人気があって利用頻度が高いのが京橋川の稲荷橋上流(オープンカフェの前)、平和公園、楠木町、と広島駅前の猿こう橋の下流の雁木です。

 
「雁木タクシーの運航は?」

 私たちの一番お勧めのコースは京橋川の稲荷橋から乗って上流にあがり、牛田、白島を通って太田川本流に出、平和公園まで下る、約30分のコースです。ここは色々な形の古い雁木が見られるし工兵橋など個性的な橋もあります。鳥の姿も見られます。カワセミやサギやカワウが多いです。

 今年はそういう自然観察のツアーも企画する予定です。子ども達をのせて、船の上で私たちが説明し、案内をする、そのためには私たちが勉強して色々なことを知っていく必要があります。

 乗船料金は距離制で、1クルーズ500円(小学生半額、幼児無料。2名様)から。お勧めの広島駅から平和公園までのコースは1500円です。現在6人乗りのボート3艇で船長さんが6人。電話予約が原則ですが、週末には平和公園を主な拠点として待機していますから、ここからはお好みの場所へ行くことができます。

 
ボランティアによる運営

 「雁木組」の組織は、活動に関心のある人「雁木メイト」が約200人、その内中心になって活動するコア・スタッフが約20人います。安全運航のためには陸上スタッフのサポートが必要で、船の綱取りや乗客の乗り降りの案内など、必ず乗り降りの際は船長以外のスタッフが着くことにしています。満席の時は降りる雁木まで自転車で先に行くことなんか、しょっちゅうありますね。

 雁木組のスタッフは全員が他に仕事を持っており、こうした協力はボランティアで無給ですが、責任と誇りをもってやっているプロ集団(!)だと思っています。メンバーは、川が好き、広島が好き、人に喜んでもらいたい、という思いで参加しています。営利を追求する団体ではありませんが、かといって、いつまでもボランティアでよいと思っている訳ではありません。営業面での環境はまだ十分整っていませんし、採算性のある事業にするにはまだ課題も多く、現実はなかなか厳しいですが、それでも、運航そのものには行政からの補助金を一切あてないことにしています。継続性が問われるからです。

 スタートしてから3年ちょっとで約1万3000人のお客様の利用がありました。ビジネスベースでみれば、1ヶ月の数字なんですね。けれども、一人ひとり丁寧に乗せてきてこの数字は大きいと思っています。

 私たちは、公共空間を使うわけですから当然行政とのかかわりがあるわけですが、始める前から何かをお願いするのではなく、市民の賛同を得て「雁木タクシー」を皆が認めてくれるようになってから、必要な整備をするのが望ましい方向だと思います。今はその途中だと思っています。まだ土を耕して、種をまいて育ちつつある段階です。

 雁木の調査活動

 雁木組は、雁木タクシーの運航を柱として水辺に関わる様々な活動を展開しています。6つの川の雁木の機能的な調査プロジェクトや、太田川しじみのブランド化を応援するプロジェクト、水辺ジャズなど、それぞれプロジェクト体制で運営しています。雁木の歴史的な価値を検証するプロジェクトでは、明治の後期から大正時代のものと思われる雁木が京橋川には連続して残っていることが確認されました。

 護岸の石垣の調査は、06年1月に京橋川の右岸、栄橋から稲荷橋の間を干潮時に干潟を歩いて石積みを目で見たり、手で触って観察して、それぞれの石積みの特徴を確認して歩き、その特徴から全部でH区間の石積みを確認しました。これらの結果は同年の3月に「広島の水辺100年展」で発表しています。


 こうした調査の中で、地元の方から昔を思い起こす様々なお話を聞くことができました。たとえば、京橋川のRCC文化センターの近くにある裏木戸のある雁木は、あるお屋敷の個人もちで、お屋敷の主人が芸者さんを呼んで雁木から船を出して夕涼みを楽しんでいたという話や、夜には女性が雁木から川に入って泳いでいた、など広島のよき昔の思い出を語っていただきました。こうした活動を土木学会の先生方が注目してくださり、06年には土木学会の近代化土木遺産リストに選定され、去年は「選奨土木遺産」の指定を受ける結果になりました。

 
 
「広島は被爆によって歴史が断ち切られた街ですから、よい伝統を掘り起こし継承することも他より難しいところがあります。その点、最近では地域づくりなどで、よそから来た人の活動が目に付きますが氏原さんもそのお一人ですが・・・」

 
川を中心に活動の連携を!

 確かによそ者が頑張る町ですね。私もその一人ですが・…
 先日、京橋川畔で周辺の稲荷町、京橋町、京橋北町、橋本町の4町内会に呼びかけてナイトクルーズで夜のイベント「水辺ジャズ」を開催したのですが、地元と雁木組の20〜30代の特に女性が中心になったこともあって、今までに見たこともないようなオシャレなイベントになったんです。

 これを町内会の年配者も応援してくれて、来年も自分たちでやりたいという声があかっているんです。こういうことも広島のひとつのスタイルかなと思ったりしているんです。よそ者の役割ってあるんだと思います。地元の人にとっては雁木組はよそ者ですよね。でも一緒に楽しんでよい経験をつめば一緒に頑張る意気がでてくると思います。

 そのためには呼びかける方もきちんとした組織にならなくてはいけないと思います。一緒にやりましようという限り責任を持ってお付き合いをする必要があります。地域づくりに取り組む団体や組織は、とかく自分たちの活動範囲を守って一生懸命になりがちですが、様々な組織が連携していくことが大事になっていると思います。私たちは3月に、安芸太田町の清流塾の「石垣作り」講座の方々と連携する新しい取り組みを計画しているんです。

 

 
「石垣講座」上本組との連携

 先日、安芸太田町の杉泊を訪ねて、清流塾の講座の皆さんが、山県石工の最後の伝統を守る上本宏美さんの指導で、石垣を築いておられるのを見学して大変感動したんです。それで、平和公園の西側本川橋の下流右岸で、古くからの護岸が崩れているところがあるので、これを清流塾の講座の方々、私たちは「雁木組」に対して「上本(かみもと)組」と呼ばせていただいているのですが、この方たちのご指導のもと、石垣を積みなおして修復する計画をたてています。

 私たちはこの取り組みを「シビック・トラスト」と呼んでいます。市民が自らの行動により、自身の手で協同してよい環境を守り、つくり上げていくこと、それをこれからの地域づくりのペースにしていこうという考え方です。

 その準備として、上本さんに広島に来ていただいて市内の護岸や雁木をみてもらったのですが、京橋川左岸の饒津神社のあたりに昭和20年代に上本さんたちが築いた石垣があるそうで「ここはわしらが築いた護岸、ここは工兵さんが築いた護岸」とおっしやるんです。「工兵」とは終戦前の広島第5師団の陸軍工兵隊のことです。「わしら」というのは、昭和20年代に牛田側の道路整備にともない、川の護岸の石垣を自分たちが築いたということなのですが、資料の少ない中で、貴重な記憶です。
 3月1、2日に、一緒に修復作業をする予定にしています

 「氏原さんは『太田川再生プロジェクト検討委員会』でふれあい部会の委員をされていますが、そこではどんな提案をされていますか?」


 
市民の行動が道を拓く

 川に親しむプログラムが提供されればよいと思います。市民だけでなく、地元の人だけが知るような体験型ツアーも、これからの着地型観光という視点では必要かと思います。また、雁木組では「水辺検索システム」という雁木の利用情報をHPで提供しているのですが、太田川の潮の干満情報なので、川に降りて干潟で遊べる時間も同時にわかります。学校の先生方も野外学習用に利用されているそうです。市役所のホームページは利用者も多いですし、こうした川の情報をわかりやすく提供する工夫があればよいと思います。

 とにかく、住む人が行動をおこすこと。始めれば次にやることはたくさん発見できるし、そうでないと、何も動ないということかと思います。

 
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