「自然体感」で生きた知識を身体に刻む   
      ハードな整備と利用を結ぶ新事業の開拓
「HARTアドベンチャーセンターすみれの谷倶楽部」
〜賀島さんと末田さんを訪ねて〜
2006年7月 第63号


 本誌創刊以来の会員で、広島市湯来町で「HARTアドベンチャーセンターすみれの谷倶楽部」運営されている賀島勝巳さんと末田佳子さん。お二人は数年前から太田川上流から瀬戸内海までをつなぐ地域での自然体験プログラムを企画、運営して平成14年以降、今年の予定を入れると約2000人を受け入れています。今年は、シーカヤックで宮島の大鳥居をくぐって厳島神社の参詣や島内を散策するツアーで、秋田県や東京からの観光客を迎えるなど、広島の観光に新しい領域を広げる活動を展開され注目を集めています。

 「自然体験ではなく自然体感だ!」とおっしゃる新分野への事業化展開にいたるまでの歩みなど、お話をうかがいました。(取材・篠原一郎)
 


「最近は、太田川支流、水内川の水源近くの「すみれの谷」を拠点にした活動や宮島へのカヌー参拝など幅広い活動が注目されていますが」
 

宮島と太田川で新観光ネットワークを…


 水内川上流の活動では「水内川自然・アウトドア体験」ということで川を遡って歩いたり、滝に飛び込んだり、渓流で水遊びしたり、地元食材の料理を作って味わい、焚火を楽しんだり、というようなことを広島市の観光交流部と連携、湯来ニューツーリズムの修学旅行・体験学習として取り組んでいます。また、太田川振興協議会が主催する、太田川探検協会の活動の一環として太田川流域小学校の流域体験プログラムも引き受けています。


 また、宮島のカヌーツアーは廿日市の世界遺産、厳島神社の新しい観光開発として、現在は安芸グランドホテルと提携して集客を進め、廿日市市大野のシーカヤックショップと共同で、シーカヤックガイドが案内し、一度に20名位まで受け入れられるプログラムを実施しています。今夏は大坂、東京からも予約が入っています。PRなど呼びかけ拡がる活動は行政や各旅行会社にもお願いして実施はHARTアドベンチャーセンターが担当するというシステムで、瀬戸内海の宮島から、水内川上流の吉和、湯来町のエリアで新しい広島の自然体験学習を含めた観光のネットワークを開拓していこうと考えています。
 

「賀島さんも、末田さんも元々は美術畑だそうですが、デザインの仕事などが主体だったお二人が何故自然体験の事業に取り組むようになったのかその辺からお話ししてください」

 

利用の観点を設計に反映


 今から十数年前、平成4年に有限会社「テラファーム」を設立して、国交省の河川、道路や町づくりの整備の事業に関わって、コンサルタントの会社からの発注を受けて、事業完成の結果パース(イメージを具体化した絵)を書いたり、イラストや、CGで、事業内容が一般の人にもわかるように描いたりする仕事が主体だったのです。

 平成9年の河川法改定の影響もあったのだと思いますが、特に河川に関わる仕事が多くなりました。自然型河川整備が取り組まれるようになってから、行政の事業を請け負うコンサルタント会社から、いろいろ相談を受けることが出てきました。

 多自然型整備や親自然型の整備というのは、土木工事だけでなく生物が棲みやすいように、また人が川に親しむ観点から整備をしていかなければならない。コンサル会社は事業のハードな設計図を描きますが、そういう観点からの設計はそれまであまりなかったのだと思います。

 カヌー等の川遊びやアウトドアを楽しんでいた私たちに、一般の人の視点から求められることが多くなったんです。川というのはそれぞれ環境が違いますし、景観も違う、川をよく知っているのは近くに住む地元の人々です。私たちはそういう一般の人達の感覚を基にして「ここの場所にはヤマセミ、サンショウウオがいるからそういう生き物が戻って来るような工法をしましょう。またここの瀬のところは人が入って水遊びができるような整備をしましょう」というような提案をしたり、一緒に工法を模索したりしました。
 
整備後の利用法も企画して…

 一番最初は、河川の仕事ではなくある町の商業集積事業だったのですが、構想には説明として、賑わいのある街とかコミュニティ道路とか書いてあるが具体的なイメージが分からない。そこで地元も住民にも直ぐ見て分かる絵を描く中で、逆に新しいアイデアを構想に反映させていくことになりました。

 河川で言えば「川で遊ぶ」といっても何をどうして遊ぶのかが分からないと設計できない。そこに一般人を代表する感覚で具体的な利用活用の視点を入れていったということです。そしてそれが、整備後の利用をどう進めるかという分野にも仕事が広がって行きました。「水辺の学校」というものが出来ていますが、身近な川で「ここにはこういう生き物がいるので、それにどう接するか?」とか楽しみながら自然を学習するプログラムを組んで、パンフレット等も作成しました。

 多目的ダムでも出来た後どういう利用法があるか?ということで、アイデアのひとつとして、特殊なノズルを作って放水すると虹が出来るようにする観光放水を提案したのですが、お金がかかるからか、非現実的と思われたか、実現はしませんでした。

 土木技術に関心を持ってもらう観点から、橋等の構造を体験できる模型の製作に関わったこともあります。小学生くらいの子供でも組み立てられて、実際に歩くことが出来るものです。意図したわけではないですが、パースの仕事から次第に広がって構想や設計の内容の提案をするようになったということです。
 
「すみれの谷」をつくる

 そういう仕事の積み上げの中で、9年前に水内川の上流湯来町に、いまの「すみれの谷」を作り始めました。
 それはいろいろなプロジェクトに提案するけれど、提案をしても予算の面で提案が実現できないことがあるでしょうし、出来たものがあっても、違うなと思うこともあります。自分たちが実際に作るわけじゃないんですから。そこの部分へのもどかしさなんかがありました。それじゃささやかだけど自分たちが考えたことで、納得できるフィールドを作って行こうということで…そのベースとして「すみれの谷」づくりを始めたわけです。

 そのベースづくりの中で、気の合う仲間が、草刈りを一緒にやったり、木の移植を手伝ってくれる人とか仲間が寄ってきて、「すみれの谷」の整備も山の中の藪だった所を拓くのは、基本的には賀島と末田の2人でやったのですが、仲間の人々が寄り合って料理を作ったり、焚火を楽しんだりする中で作っていったのです。

 

体験プログラムの事業化


 電気も電話も携帯も入らない山の中、昔は棚田だった所で、9年前に来た時は熊笹が一面に生えていたのですが、それを刈った後、春にすみれが咲くのです。3月から5月まで、5〜6種類の可愛らしいすみれが次々に咲きます。それもあって、「すみれの谷」と名づけたのですが、最初は仲間が寄り合って楽しむ、というようなことで、この場所を世間に広げるつもりはなかったのです。

 数年経って「すみれの谷」の活用を考え始めた頃、「子供に太田川を体験させたい」というような話があり具体的なプログラムを作ってほしいと。それじゃ作りましょうということが始まりです。しかし、継続するにはボランティアだけでは継続できません。カヌーや川での体験の場合、指導だけでなく、安全への配慮、レスキューへの対処が出来る人材が必要ですし、地元の人達に継続的に指導をしてもらうにも。それではじめからプログラムの事業化という考えで進めています。

 「すみれの谷」は、すぐそばに水内川の渓流が流れ、小規模の滝もあるので川遊びにはうってつけの場所です。水遊びの後、焚火で身体を温め、旬の地元食材やアウトドア料理をたのしんだりして、ツアーのあとは湯来温泉に入って帰るというようなプログラムを組んでいます。

 このほか、近くの山のトレッキング、登山やキャンプなど、家族や小グループの少人数から、学校、子ども会、企業研修などのプランとしても活用できる色々な企画を考えご相談に応じています。
 

5官を通して6感を育てる


 私たちは、来てくれた子供たちが地域のことが自然に分かるような遊び方を考えるんです。例えば、松や杉の針葉樹は火付きがよくてパッと燃えるからご飯を炊くときなどに使って、夜焚火をする時にはクヌギやコナラなど広葉樹をゆっくり燃やすことだとか、ここでもクマが出るんですが、木についた爪痕を見せて、クマが来た時に山がどういう状態だったか?ミズキの小さい実をクマが食べている、ということは山に餌がなかったから。というようなことも話します。私たちは専門家ではないですが、自分たちがここで経験したことを感覚的にお話していくことにしています。

 「5官を通じて6感を育てる」といっているのですが、そういう意味で「体験」より「体感」が大事だと思うのです。身体に刻んだ感覚は忘れません。

 自分の近くの自然を知って体感してほしい。外国旅行に行ってカナダがいい、ニュージーランドがいいというけど、それはその国の人が自然を守って来ている訳だから…それで自分の国に帰って来てゴミを捨てているような。そんな人多くないですか。子供を通じて教育していく方が早道じゃないかとも思います。子供から言われれば親や大人も直さざるとえなくなる…と思うんですが…。

 ここも9年前に来た頃は、雨が降っても川の水が濁らなかったのですが、最近はちょっとの雨でも濁ります。台風による倒木や土砂崩れなどで上流の山が荒れているからでしょう。

 心地いい環境というのは、色々な人が色々な知恵を出して保っているから心地いいのです。
 

ポイントは人材育成


 正直に言って、この事業だけで経営が成り立つわけではありません。本来のコンサル会社との様々な仕事をベースにしてはじめてできることですが、逆にこういう経験が本来の仕事にフィードバックして新しい仕事の展開に大いに役立つのです。こういうことをやっているところはあんまりないですし、手間暇のかかる仕事です。人件費もかかるし人も育っていない。

 私たちはむしろ、そこを武器にして他に出来ないことを展開して行こうと思っています。その点ポイントは人材の育成です。今年から修道大学の人間環境学部を卒業し、葦船造りなどで活躍している山崎泰宜君という新人をインストラクターに頼んでいますが、彼に続く若い人がこの分野で活躍してくれることを期待しています。今年は大学からの利用にも広がっています。先日は修道大学のゼミが湯来で農作業体験していますし、8月には、安田女子大学が酪農や農業の体験、リバートレッキングに来ます。

「有難うございました。環・太田川も応援しますので頑張ってください。」
参考HP:HARTアドベンチャーセンター
 
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