みずべのふうけい
段 原
2007年 5月 第73号


 原爆により焼け野原となった広島市街の中で、唯一段原地区だけは焼け残って戦前の面影をとどめていた。やがて西側の商店街の側から開発が行われたが、旧宇品線の鉄道筋より東側は以後もそのまま残っており、日本風の住宅に洋館の玄関を付けたような、和洋折衷の建物もある。
 径と塀の中の植木の庭と、そういう家とが醸し出す「静寂」の漂う町であった。
 現在、いよいよ開発が進行して段原日出町の三角形の中は大部分家を取り壊し、猿猴川の土手から段原中学校校舎までの間は掘り返された地面とショベルカーが見えるだけ。

 良く変わるのか悪く変わるのか・・地元在住の人数人と話したが、いずれも不安を抱いていた。

 
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