
いつ頃から使われるようになったか分かりませんが、昭和初年まで使われました。材質は桧の薄板で桜の皮で締めてあります。
写真のように中盒(右側)があり、これには茶碗・箸・漬物などが入り、蓋(左)をして綱で縛り船に積みます。
本体の大きさ(内法)は長径380ミリ、短径230ミリ、深さ220ミリですが、中盒が入った場合の米飯の入る空間は深さ165ミリとなります。楕円というより四隅丸型の曲物というべきでしょうか。
船頭は三升(5400cc)の米の飯を詰めて船に乗ります。それがアトノリと二人の1日5回分の食べ量でした。労働も厳しかったが、船乗りは米の飯が腹一杯食べられるということが羨望の的でありました。
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